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【時の話題:鉄道開業150年】
山内弘隆:サステイナブルな鉄道を目指して

2022/12/15

  • 山内 弘隆(やまうち ひろたか)

    一橋大学名誉教授、一般財団法人運輸総合研究所所長・塾員

第7代大阪市長關一(せきはじめ)は、1893年に高等商業学校高商本科(現一橋大学)を卒業し大蔵省(当時)に奉職した後、1897年母校に戻り教授となった。担当は社会政策論、交通論等である。しかし、關は大学教員の職に満足せず、乞われて大阪市助役となり1923年市長に就任した。市長時代の關は「まちづくり」で有名だが、最大の成果は地下鉄御堂筋線の整備であろう。

御堂筋線の建設にあたって關は受益者負担金制度を取り入れた。これは、1919年に制定された「都市計画法」、「市街地建設法」を根拠とする。地下鉄駅の出入り口を中心に半径700メートルの円を描き、その内部の地主に負担金を求めるものである。負担金制度の目的はもちろん「事業財源」の確保であるが、当時の研究者によれば、地下鉄整備に伴う周辺地価の上昇を前提とした公平性の確保でもあるという。「開発利益還元」の理論を実践したのである。

“Every Tub Must Stand on Its Own Bottom.” この有名なイディオムは、鉄道の世界では「事業は独立採算でなくてはならぬ」と解される。しかし、鉄道整備の歴史を振り返れば、独立採算で鉄道が成立する例は少ない。鉄道は社会経済インフラとして多大な外部効果を発生させる。鉄道事業の成立と発展は、この外部効果を取り込んで「マネタイズする」ことで実現されてきた。阪急電鉄中興の祖、小林一三の沿線開発がその嚆矢である。

巨額の設備投資と長い懐妊期間を要する鉄道事業は、固定費比率が高く規模の経済が大きい。輸送単価を十分に下げるだけの需要が存在して初めて独立採算が可能になる。しかし、特に開業当初は需要がままならない。地域の発展とともに旅客が増大すれば初期投資を回収するフェーズが訪れる。それでも巨額な初期投資と固定費の回収には開発利益の還元が必要である。この手法が資源配分上も正しいことは理論的にも証明されている。最適都市規模を分析したヘンリージョージ定理の応用である。

コロナ禍による需要の落ち込みがきっかけとなって、ローカル線や地域鉄道のあり方が話題になっている。JRの場合、ローカル線を支えているのは、収益路線からの利益の移転(内部補助)だが、鉄道事業が全体として低調になればその余力は限られる。直近のコロナ禍の影響は甚大で、JR本体の屋台骨を揺るがす事態となっている。さらに、震災や異常気象に伴う鉄道施設の損害に及んで、財務的に復旧が困難となるケースもある。

地域鉄道では、そもそも路線間内部補助は期待できない。現在も生き延びている95事業者(うち26事業者31路線は旧国鉄の「特定地方交通線」からの転換)の輸送人員はピーク時の1990年から2019年までに22%減少した。経常収支ベースで黒字となっているのは、全事業者の21%、8割は赤字企業である。これでも2019年、コロナ前の数字である。

鉄道150周年の本年、国土交通省の審議会は「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新」を目指した提言をまとめた。国が鉄道事業者と沿線自治体の間に「協議の場」を設け、協議を通じて「鉄道を運行する公共政策的意義が認められる線区」と「BRTやバス等によって公共政策的意義が実現できる線区」に分けて、出口戦略を考えるという。もちろん、前者でもそれ相応の地域と利用者の負担が前提であり、事業者には徹底した効率化が要求される。後者の場合、BRTやバス輸送への円滑な移行を可能とする制度が求められる。

事業者と地域が話し合って鉄道のあり方を探る。将来の鉄道事業にとって唯一の解決策であり、現状を踏まえて妥当な提言であると考える。ただ、容易に予想されるように、その協議は長期間を要し、場合によっては事態をさらに悪化させる可能性がある。「手遅れ」にならないうちに合理的な決断が必要である。また、地域と革新的な事業者が手を結ぶことによって地域鉄道が活性化した例もある。世に言うイノベーションは、このような場面でこそ重要である。

その際、是非とも考慮されるべきは、上述のような鉄道がもたらす外部効果の取り込みである。もちろん、人口減少、利用者減少下の地域鉄道に關一や小林一三が実現した沿線の開発利益還元を求めるのは奇想天外である。しかし、地域鉄道がもたらす外部効果には、現代であればこそ認められるものがある。

例えば、迫られている脱炭素社会の実現に資するために、鉄道施設を利用した地域電力システムの構築が提案されている。内容は、鉄道用地を使った再生可能エネルギーの導入、路線状に敷設する送配電システム、それらを組み合わせた脱炭素のまちづくり、地域電源の構築等々。地域電源は強靭化にも有効である。

これらが厳密な意味での「外部効果」にあたるかどうかは問題でない。地域鉄道やローカル線がサステイナブルであるには、社会インフラとしての重要性が強調されるべきであり、セクターを越えた取組みが必要なのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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