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【時の話題:食料安全保障を考える】
佐川徹:アフリカの「食料危機」を捉える視点

2022/10/14

  • 佐川 徹(さがわ とおる)

    慶應義塾大学文学部准教授

2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻によって、ウクライナ産穀物の輸出が滞った。多くのメディアが、その最大の被害者は「貧しい」アフリカだと報じた。また、国連世界食糧計画の声明によれば、2022年、アフリカ東部のソマリア、ケニア、エチオピアは「過去40年間で最悪の干ばつ」に見舞われており、9月までに2200万人が飢餓状態に陥る危険がある。

アフリカの食料事情の深刻さは、統計データからも明白だ。「エコノミスト・インパクト」という組織が公表した2021年版の「世界食料安全保障指標」の国別ランキングでは、下位10か国中、7か国がアフリカの国である。

こういった報道や数値に触れるたび、「またアフリカか」との思いを抱く人は少なくないだろう。チャリティソング“We Are The World” を生んだ1980年代半ばのエチオピア飢饉によって、アフリカを「食料危機」に苛まれる犠牲者としてのみ捉える視点が、日本社会に定着したからだ。だが、アフリカの食料問題のニュースに接した際、「またアフリカか」と納得してしまうのではなく、「なぜアフリカなのか」、そして「アフリカは本当に無力なのか」と問うてみることもできるのではないか。

今日の「食料危機」の根本的原因としてよく挙げられるのは、グローバルな気候変動やアフリカの低い農業生産性などだが、近年の議論で言及されることが少なくなっているのは、「飢える大陸」をつくり出した歴史だ。

最近の考古学的研究からは、列強による植民地化が進む19世紀後半以前、アフリカは「飢える大陸」ではなかったとの知見が示されている*1。西アフリカに位置するガーナ中部のバンダ社会では、1450年から1650年まで食料安全保障の状況は良好だった。この時期にも干ばつは発生したが、耐乾性に優れたアフリカ起源の穀物トウジンビエを多く生産することで、人びとは苦境下でも生きぬくことができた。だが、植民地化にともない輸出用の換金作物が導入されたことで、トウジンビエ栽培は衰退し、人びとの不確実な自然環境への対応力は大幅に低下した。この19世紀以降の外圧による生業経済の変容こそが、恒常的な「食料危機」を招く条件を創出したのである。

もっとも、アフリカの人びとや政府は「食料危機」に為す術もなく翻弄されているだけではない。エチオピアでは、2005年から「生産的セーフティネット・プログラム」(PSNP)という食料安全保障政策が実施されている。この政策では、食料へのアクセスに問題を抱える世帯に、公共労働に従事する対価として毎年6か月分の食料などを給付することで、世帯資産の消耗を防ぐ。給付と並行して、農業技術移転を進め、安定的に食料を確保するための手段を対象世帯に提供する。現在、PSNPは5期目に入っており、同国の総人口の約7%にあたる800万人が給付を受けている。この政策は期待どおりの成果を生んでいるわけではないが*2、新自由主義的な政策により社会保障費の削減が続く北側諸国に対して、アフリカの政府が貧困層の食料安全保障の改善に巨大な規模で取り組んでいることは、注目に値する。

もちろん、欧米諸国や国際機関もアフリカの食料問題へ対処するために、多くのプロジェクトを実施してきた。ガーナでは、2010年代に「(アジアと中南米に次ぐ)緑の革命の第2ラウンド」を目指して、遺伝子組み換え作物(GMO)の導入が試みられた。その実施主体は、米国国際開発庁やビル&メリンダ・ゲイツ財団などである。これらの組織は、食料安全保障を改善する特効薬はGMOだと唱え、アフリカの人びと自身がそれを望んでいると強調した。だが、ガーナの科学者やアクティヴィストらは、GMOそれ自体の是非とは別に、このような言明に強い不満を抱いた。理由の一つは、「飢えるアフリカを救済する」という介入者側の姿勢が、アフリカを「暗黒大陸」として見下す西洋社会からのまなざしの歴史を、彼らに想起させたからだ*3

今日、アフリカの多くの人びとが生存に必要な食料の確保に困難を抱えていることは事実である。だが、この状況をもたらした歴史的経緯に対する省察や、「食料危機」に対するアフリカ側の積極的な対応を評価する姿勢を欠いたままに進められる支援や投資は、人びとからの反発を招き、行き詰まりを迎えることが少なくない。「飢える大陸」の食料安全保障を改善するための取り組みは、まずアフリカを捉える私たちの視点を再考することから始める必要があるのだろう。

〈注〉

*1 Logan, A.L. 2020 The Scarcity Slot.University of California Press.

*2 Lawson, D. et al. eds. 2017 What Works for Africa’s Poorest. Practical Action.

*3 Rock, J. 2018 “We Are Not Starving”. Culture, Agriculture, Food and Environment 41-1: 15-23.

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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