【時の話題:国語教育を考える】
野津将史:高校国語の教育現場から
2022/07/19
平成30(2018)年3月に告示された高等学校学習指導要領は、周知・徹底と移行期間を経て、本年度からその使用が開始された。国語では必修科目として「現代の国語」(2単位)と「言語文化」(2単位)が設定されている。
文部科学省によれば、「現代の国語」は、「実社会における国語による諸活動に必要な資質・能力の育成に主眼を置いた科目」であり、「読むこと」の教材としては「現代の社会生活に必要とされる論理的な文章及び実用的な文章」が用いられる。「論理的な文章」とは「説明文、論説文や解説文、評論文、意見文や批評文など」を指す。また「実用的な文章」としては、「新聞や広報誌など報道や広報の文章、案内、紹介、連絡、依頼などの文章や手紙のほか、会議や裁判などの記録、報告書、説明書、企画書、提案書などの実務的な文章、法令文、キャッチフレーズ、宣伝の文章」が挙げられ、「インターネット上の様々な文章や電子メールの多く」も、実務的な文章の一種と考えることができるとされる。
一方「言語文化」では、古典(古文・漢文)と、小説や詩歌などの「文化的な価値の高い文章」を扱うとする。
選択科目としては、「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」(いずれも4単位)が設置されているけれども、多くの学校では、必修科目の「現代の国語」と「言語文化」を1年で履修し、2年次以降の選択科目として、「論理国語」と「古典探究」を履修させると予想される。「論理国語」の教材としては「近代以降の論理的な文章及び現代の社会生活に必要とされる実用的な文章とする」とあり、「明治時代以降に書かれた、説明文、論説文や解説文、評論文、意見文や批評文、学術論文など」が「近代以降の論理的な文章」に当たるという。
これらのことを総合すると、多くの学校では、高校3年間で近代以降の小説・詩歌を読むのは、1年次の「言語文化」の時間だけになるわけである。
旧カリキュラムでは必修科目の「国語総合」は4単位で、週4時間を使って古典(古文・漢文)と、近代以降の詩歌・小説、評論・随筆等を教えていた。しかし、今や2単位の「言語文化」の時間内で古典と近代以降の詩歌・小説を扱うこととなった。こうなると詩歌・小説を教える時間は非常に少なくならざるを得ない。そのため、現場の教員からは、もう1つの必修科目である「現代の国語」で小説を扱いたいという声がずいぶんあったといわれている。
しかし、学習指導要領の解説には、「論理的な文章も実用的な文章も、小説、物語、詩、短歌、俳句などの文学的な文章を除いた文章である」と明記されており、文部科学省の事前説明でも「現代の国語」に小説が入る余地はないといわれたそうである。
ところが、令和2(2020)年度の教科書検定において、1冊だけ小説5作品を掲載したある出版社の「現代の国語」の教科書が合格した。そして、この教科書が令和4年度の採択数で約20万冊を集め、採択率トップ(16.9%)となったのである。
他の出版社は納得できない。教育委員会や社団法人教科書協会は、この教科書と学習指導要領の規定との関係について文部科学省に問い合わせを行った。これに対し、「教科用図書検定調査審議会第一部会国語小委員会」からは以下のような回答があった。
「今般の学習指導要領改訂の趣旨を踏まえれば、高等学校『現代の国語』の教材としてこのような形で小説が盛り込まれることは本来想定されていないところであるが、『現代の国語』の教科書として文学作品を掲載することが一切禁じられている訳ではないことから、本小委員会としては、学習指導要領に照らして直ちに欠陥であるとは判断せず、当該図書について合格と判定したものである。」
新カリキュラムの当初の方針から後退したような印象を受ける回答ではあるが、ともかく現場の教員の希望により、約17%の高校では一年次においては従来どおりの時間をかけて小説を扱うことができることとなった。しかし、「文学国語」を履修しない以上、2年次以降、小説や詩歌は教科書から消えることに変わりはない。
これに対して、さまざまな批判も耳にする。──新カリキュラムは文学軽視だ。今後は文学作品に触れることがほとんどない高校生が大量に出てくることになる。そもそも、現代文を「論理国語」と「文学国語」に分けることがおかしい。文学にだって論理はあるはずだ。「実用的な文章」をわざわざ高等学校の授業で扱う意味があるのか。……等。
では、私はどう考えるのか。随筆も評論も小説も詩歌も、高校生に読ませたい優れた文章や作品をバランスよく、少人数のクラスでじっくり読ませ、考えさせ、話させ、書かせる授業がしたい。これが私の思いである。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2022年7月号
【時の話題:国語教育を考える】
- 1
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
野津 将史(のつ まさし)
慶應義塾高等学校教諭 国語科