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【時の話題:フェムテックで女性支援】
太田博明:人生100年時代のGSMフェムテック フェムケア──ニューノーマルに向けて

2022/03/16

  • 太田 博明 (おおた ひろあき)

    川崎医科大学産婦人科学2特任教授、総合医療センター産婦人科特任部長・塾員

わが国は"人生100年時代"を最初に迎えるとされ、50年後には10人に1人が、90年後には2人に1人が100歳を迎え、平均寿命は107歳に達するという見方もある(「The Asahi Shimbun GLOBE +」2018年1月7日号)。直近の100歳超えの百寿者は88.4%が女性で、女性の生命長寿は顕著であるが、女性の健康寿命は生命寿命ほど長くなく、不健康期間は男性よりも長く、健康を損なって過ごす長生きリスクがある。

高齢者が増加する中、長生きリスクともいうべき疾患がWHOの提唱する「非感染性疾患( NCD:Non-Communicable Diseases)」である。ガン、糖尿病、循環器疾患、呼吸器疾患が代表例で、遺伝素因と環境因子の相互作用が考えられ、加齢とともに増加し、無症候期間が長く、長期化すると慢性化・進行するなどの特徴を持つことから、先制医療が必要とされる。先制医療とは、臨床所見や診断基準が確定する発症前期にかなり高い確率で疾患を診断・予測し、治療的介入を行うことで、発症を防止するか遅延させる高齢者医療の新たなミッションである。

一方、フェムテックは女性の健康問題、すなわち全人口の約半分の健康問題を新たなテクノロジーを駆使し、解決を目指す取り組みで、海外では2010年代から生理痛の改善や月経周期の予測、妊娠中のQOL向上、不妊対策、更年期障害の改善、セクシャルヘルス、女性特有の病気などが対象テーマとされている。これらには「センシュアル・ライフ」を実現するための女性をサポートするデリケートゾーンケアアイテム、サニタリーアイテム、腟トレグッズ、プレジャーテック等、センシュアリティーケアをサポートするアイテムが含まれる。

わが国でも2025年までに2兆円規模の市場になると予測される、いま注目の分野であり、デジタルなテクノロジーではないものは「フェムケア」と呼ばれる。高齢女性の健康問題として、女性ホルモンのエストロゲンの低下をともに起因とする骨粗鬆症と認知症は女性のNCDの二大疾患であり、医療的なフェムテックやフェムケアを要する最たる疾患でもある。

さらに2014年以来、女性医療界における最大のトピックスは性ホルモン(女性ホルモンばかりでないので)の低下を誘因とするGSM(Genitourinary Syndrome of Menopause :閉経関連性器・尿路症候群)への対応である。GSMは性器症状と下部尿路症状(頻尿・尿失禁)の各機能関連症状の合併により、性的な機能関連症状である「性交痛」をも呈する。各症状は単独よりも合併することが多い広範な症状症候群であり、それに対応し得る包括的なフェムテックやフェムケアも要する。

我々が行った、未閉経者約20%を含む40~90歳の全国規模1万人のウェブ調査では、その有症状率は45%にも及び、必ずしも高齢者だけの症状でないことが判明している。わが国の直近の女性人口は6460万人で、そのうち40歳以上は約4145万人、その45%が有症状者とすると、わが国のGSM有症状者数は1865万人を超える膨大な数となることが試算される。すなわち、GSMはNCDの中でも人生半ばの40歳以降から終焉までの最も長期にわたり、生活機能をはじめ、健康とQOL、さらには性機能と広範に影響を及ぼす。

以上からGSMは女性のNCDの最たるcommon diseaseであり、先制医療を考慮すべきなのは明らかである。そのため、GSM領域を清潔に保ち、尿や体液による皮膚・粘膜への侵害刺激を避けるように生活環境へのselfcareについて改善指導することも重要で、これが予防のfirst-lineとなり、先制医療にも該当する。

GSMは言い出しづらい、受診しづらいとためらっているうちに進行し、健康リスクが高まる。しかも先の我々のウェブ調査からもこの疾患に精通している専門医は少ないために、やっと受診しても過小診断と過小治療により有効な治療に結びついていない。これがGSM診療の後進国であるわが国はもとより、GSM診療の先進諸国に共通の現状である。

GSM診療に主として関わる婦人科医および泌尿器科医の使命として、適切な予防や治療によって罹患の回避と病態の改善から快適に過ごすことが可能であることを女性に啓発することが先ず第一歩である。さらに必要に応じてGSM治療も病態に適合したフェムテックを含めた多面的かつ専門的な介入を行うのが次なる使命となる。

医療界と産業界で時を同じくして、“Vaginal Taboo” をはねのけてのGSM対応への必要性が高まりつつある。こうした中、筆者は健康長寿社会の実現に向けて、新しいアイデアとその成果の発表から日本の女性の元気に少しでも貢献する端緒としたいと、女性医療とフェムテック&フェムケアの共存も兼ねて2019年GSM研究会を代表世話人として立ち上げている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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