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【時の話題:“新書”で英語を学ぶ】
北村一真:英語の読解で拡がる世界

2022/01/20

  • 北村 一真(きたむら かずま)

    杏林大学外国語学部准教授・塾員

英語を読めることでどのように世界が拡がるか。この問いに答える前に少しここで言う「読む力」について確認しておこう。

大学受験生時代に英語を最も熱心に勉強したという人が多いためか、ともすると読む力は大学入試の長文問題を解けるかどうかを基準に考えてしまいがちだ。たしかに、入試の英文は易しくはないので、その問題をきっちりと正解できるというのは一定の能力がある証拠ではある。しかし、長文問題が解けるということと、英語圏の人々が日常的に読んでいる新聞記事や小説、エッセイなどをストレスなく読めるということの間にはじつはまだかなりの差がある。受験勉強を通じて英語のリーディングに自信がついた、と感じている人でも英語の小説を原典よりも訳本で楽しんでいたりするのはよくある話だ。また、高校時代に英語が得意だった人がTOEICのような検定試験を受けて、リーディング問題ですぐに満点近いスコアを採れるかというと、なかなかそうでもないことは多くの人が知るところだろう。その差がどこにあるのかというのは拙著『英語の読み方』(中公新書)でもくわしく述べているのでそちらを見ていただくこととして、ひとまずここで言う英語を読む力というのは、人気小説や話題書などを原書で十分に楽しめ、新聞雑誌記事をストレスを感じないスピードで理解できる力を指すということを断っておきたい。

さて、以上で述べたような読む力があるとすればどのように世界は拡がるだろうか。書籍、新聞ニュース、日々の調べものの3つの観点で話していこうと思う。まずは書籍だ。当然の話だが、英語を読むことができれば、日本語に訳されていない英書を楽しめるという大きなメリットがある。翻訳大国と呼ばれる日本であっても話題になった著者の作品がすべて訳されるわけではない。たとえば、アメリカの心理学者スティーブン・ピンカーは次々にポピュラーサイエンスのベストセラーを発表しているが、2014年出版のThe Sense of Style という著作は現時点では日本語にはなっていない。英語で文章を書く専門家を対象とした内容ではあるが、文章作法一般の観点から見ても、また英語学習の観点から見ても日本の読者にとって有益な内容を多く含んでいる著作だ。あるいは、イギリスの哲学者アラン・ド・ボトンについてはどうだろう。2000年代から2010年代にかけて一般読者向けの著作を数多く発表し、サンデル、ハラリ、ピケティなどと並んで影響力ある知識人のリストの常連であるが、日本語に訳されたのは初期の一部だけである。現代社会の人々の心理を独特の文体で鋭く分析した名著が多く、日本での知名度の低さが惜しまれる作家だ。英語が読めることでこういった著作、著者に自在に触れられるのは間違いなく大きなメリットと言えるだろう。

対象が書籍ではなく、新聞ニュースとなるとこのメリットはさらに多くの人々にとって実感しやすいものになるはずだ。現在、インターネット上には英語メディアの記事や動画が溢れている。CNNやBBC、あるいは、ニューヨーク・タイムズやガーディアンといった英語圏のメディアは言うまでもなく、非英語圏にもその国独自の英語メディアが存在するため、英語を読むことができればかなりの国のニュース記事に直接触れることが可能だ。さらに、YouTubeなどの動画配信サイトでは各ニュースメディアがチャンネルを開設しており、無料で各国のニュース番組を楽しむこともできる。リスニングが苦手でも、ほとんどの動画には英語字幕を付けることができるので、ここで言う「読む力」がある人ならば字幕をヒントにしながら十分理解できるはずだ。オリンピックや総選挙など日本で大きな話題となったニュースを海外メディアがどう報じているかを知ることも多角的な視点で物事を見るきっかけにもなるだろう。

もちろん、英語を読む力は、ちょっとした調べものの際にも有効だ。何らかのトピックについて基本的な概要を知りたいと思った際、まず、ウィキペディアの記事を参考にするという人も少なくないだろう。慎重に使いさえすればきわめて有益な情報ツールだ。このウィキペディアの記事数を見ると、日本語にも100万を超える膨大な数の記事が存在するが、英語は600万記事以上と圧倒的である。当然、日本語版には存在しない内容も多くあり、英語版を使いこなすことで日々の情報集めの幅も一気に拡がることになる。

以上、3つの観点から英語を読めることでどういうメリットがあるか、どのように世界が拡がるかを見てきた。読めるだけで話せなくては意味がない、というのは昔から言われている英語教育批判の決まり文句だが、仮に本当に「読めるだけ」だったとしても、ここで述べたような形で日常が大いに豊かになるということは強調しておいてよいだろう。

英語の読み方──ニュース、SNSから小説まで
北村 一真
中公新書
256頁、902円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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