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【時の話題:「ルッキズム」を考える】
小手川正二郎:見た目差別の何が問題か?

2021/08/20

  • 小手川 正二郎(こてがわ しょうじろう)

    國學院大学文学部哲学科准教授・塾員

「人を見た目で判断してはいけない」。幼少期からこう言われてきた人は多いだろう。にもかかわらず、この言葉にはどこか空虚な響きが漂ってもいる。「見た目がよい」とされる人々が至る所で得をする現実を生きていると、「結局見た目でしょ!」と言いたくなる気持ちもわからなくはない。

とはいえ、いやだからこそ、どこからが「見た目に基づく差別」(ルッキズム)となるのか、それの何が問題なのかを考えることは重要だ。国内のルッキズム研究の第一人者である西倉実季氏が指摘するように、ルッキズムとは単なる見た目重視や外見至上主義を指すのではなく、とりわけ雇用や成績評価といった場面で、見た目が(過度に)評価され、機会均等が妨げられるような差別を意味する(西倉実季「「ルッキズム」概念の検討──外見にもとづく差別」、『和歌山大学教育学部紀要 人文科学』第71号、2021年)。例えば、顔立ちや体型を理由に採用されなかったり、低い評価を受けたりすることは、典型的な見た目差別である。

ルッキズムを批判する人は、「どんな場面でも見た目を重視してはいけない」などと主張しているのではなく、「就職活動や入試といった、本来は見た目が評価されるべきではない場面で見た目が評価の要素となり、一部の人が不利益を被ることは機会均等の原則に反する」と主張しているのだ。

もちろん、職種によっては、顔立ちや体型がその職業に固有な本質とみなされ、見た目の評価が不当とは言えない場合もある。しかし、そうした職種はモデルなどごく一部に限られ、それ以外では、本来は見た目が評価の対象となるべきではないか、それほど重視されるべきではないにもかかわらず、そうなってしまっていることが問題視されよう。

次のように反論する人もいるだろう。容姿はさまざまな努力によって磨き上げられた個々人の個性であり、努力の成果を評価できる場合、差別とは言えないのではないか。むしろ、容姿を磨くことは、恵まれない家庭で育った人が成功を手にするチャンスとなってきたのではないか、と。たしかに、容姿を磨くことによって、達成感や自己肯定感を得られたり、出身階層や経済面での格差を跳び越えて地位や名声を獲得できたりすることは否定しがたい。

しかし、その一方で、ルッキズムが性差や人種や階級をめぐる不平等と切り離せないことも看過できない。実際、社会のなかで「よい見た目」が求められるのは、男性よりも女性のほうが圧倒的に多い。女性は就活や仕事場で化粧やパンプスを強いられたり、何かと容姿と関連づけられて評価されたりする。そのため、多くの女性が見た目のために時間とお金を割き、時に摂食障害などのリスクを抱えることもある。

そもそも「よい見た目」を得るためには労力とお金がかかる。もとから暇もお金もない人は、ルッキズムがはびこる社会ではさらに不利な立場に置かれる。

さらに、「よい見た目」は特定の人種的な特徴と結びつけられることが多い。日本では所謂「白人ハーフ顔」を求めて、「蒙古ヒダ」と呼ばれる部位をなくしたり、二重まぶたにしたりする美容整形手術が行われている。「よい見た目」にどの程度の努力で近づけるかは、生まれつきの条件に大きく左右される。それゆえルッキズムは、単に雇用機会の均等を損なうだけでなく、性差別や人種差別、階級差別を助長しかねないのだ。

では、どうすればよいのだろうか。ほとんどの企業は、見た目を評価項目には入れていないだろうし、評価者も見た目とは関係なく評価していると言うだろう。しかし、履歴書の写真の印象が書かれている内容の評価に影響を与えたり、見た目がよいとみなされた教員や学生が好評価を受けやすかったりするといったことが報告されている。要するに、自分では「見た目を評価していない」つもりでも、無自覚に見た目で差別してしまっているかもしれないということだ。

こうした場合「自分は公平に評価できる」という思い込みを捨て、見た目が評価に入り込む余地をなくす評価方式を組み立てることが肝要となる。例えば、履歴書の顔写真欄をなくす、氏名を隠して採点するというのは、すぐに実行可能だ。

コロナ禍で対面で会うことが制約されるなか、第一印象は見た目で決まるという神話も崩れつつある。顔の見えない授業では、授業内での発言や授業後アンケートが相手の印象をかたちづくる。発言や文章を見た目にとらわれずに評価した後に対面で出会う時、相手の捉え方や評価は見た目から出発した場合とは異なるものとなりうる。ルッキズムの象徴とみなされてきたミスコンも、あえて顔出しをしないスピーチなどから始めてみれば、見た目にとらわれた私たちの評価がいかに偏っていたかを見つめ直すきっかけになるのではなかろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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