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【時の話題:「孤独」について】
石川恭三:老いの孤独の楽しみ方

2021/06/23

  • 石川 恭三(いしかわ きょうぞう)

    杏林大学名誉教授、内科医・塾員

高齢になるにつれて、かけがえのないものを失うことが増えてくる。定年退職により自分の分身とも思っていた職を失い、その職を介しての友人・知人の人的繋がりをも失う。配偶者の死別や離婚、近親者や親交のあった人の死去という悲劇に見舞われる。このような下地がある高齢者はややもすると孤独に陥りやすくなる。高齢者はいつも孤独の入り口の近くにいるのである。

中国湖北省武漢市を中心に発生し、パンデミックとなり感染拡大を続けている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はすでに1年以上にわたって猛威を振るっている。その予防対策として、マスクの着用と手洗いに加えて、三密(密閉、密集、密接)を避け、不要不急の外出の自粛が強く要請されている。このことが、そうでなくても希薄になってきている高齢者の社会的な繋がりを一層希薄にさせているのも事実である。その結果、孤独を感じさせる環境が増え、さらにはサルコペニア(筋肉量が減少して筋力低下や、身体機能低下をきたした状態)やフレイル(加齢に伴い身体の予備能力が低下し、健康障害を起こしやすくなった状態)に、さらには認知機能低下へと進展していく可能性を助長させている。このような事態にならないためには、推奨されている予防法を徹底して実行すると同時に、濃厚接触にならない工夫をしながら、緊密な人的交流を保つ努力を続けるべきである。それには電話で話をしたり、スマホやパソコンによるメール会話もいいが、とくに推奨したいのは直筆による手紙での交流である。文を綴ることで脳が活性化され、認知機能が高まるという効果がある。一方、その手紙を受け取った人は直筆から伝わってくる温もりで心が和むという恩恵に浴することができる。

孤独であることを意識するときは、周囲の世界から隔絶した精神的・心理的状態であり、いくばくかの寂寥感が認められるものである。孤独というと世の中から見捨てられ、忘れられた状態という暗いイメージが強いが、一方で厳しい現実の世界から一時離れて、癒しの仮想空間で自由気ままに過ごせるという明るい一面もある。

孤独の中にいると、現実のわずらわしさからの解放感や、もうどうなってもかまわないという開放感が体の中からじわじわと湧き上がってくる。私にはこのように孤独の明るい展開の記憶があるので、孤独になることがそれほどには気にならない。むしろ自分から孤独の境地に身をおくことで心の姿勢を整えることができると思っている。

孤独になることで、現実の世界から離れて、想像や空想の世界に入りやすくなる。孤独の心境に一歩入ると、さてどのような状況に想像の場面を設定しようかと思いを巡らせる。するとすぐにさまざまな光景が頭に浮かんでくる。なかでもよく登場してくるのが辛い厳しい状況下で奮闘していたころのいくつもの場面である。そして、あのときはいろいろ厄介なことがあったが、それでも何とか乗り切ったという自画自賛の気持ちを味わうことになる。そのときの過酷な状況を乗り越えてきたという自信が今の自分の存在を確かなものにしていると思うと、いつも元気が出てくるのである。

また、孤独の中にいると、いろいろな人の顔が浮かんでくる。その多くの人はもう会えなくなった人である。その人と一緒にいる場面が次々に頭に浮かんできて、ほんの短い時間だが思い出に浸って、楽しい時間を過ごすことができる。

孤独は誰からも邪魔されずに自分と向き合い、いつでも好きなだけ自分一人でいられる書斎のようなものである。

実際、孤独の心境になるのも、書斎で安楽椅子に身をゆだねて無聊をかこっているときが多い。書斎以外のところで孤独を楽しむことが多いのは家の近くを散策するときである。とくに、家から徒歩で20分近くのところにある森林公園の中をのんびりと散策しているときに味わう孤独が今の私には心の安寧を得る大切な糧になっている。

孤独の中にこもっている間は、どんな見苦しい自分を曝け出してもいいし、「いい人でいなくては」と気取る必要もない。ありのままの自分でいればいい。

だが、このままずっと孤独でいたいと思うほどの心地よさを感じるようになったら、ひとまずそこから抜け出すことである。長居は無用なのである。そのままずうっとその心地よさに浸っていると、そこから抜け出せなくなり、ついには引きこもり状態に陥る危険がある。高齢者にとって孤独は毒にも薬にもなる。孤独とはほどほどの付き合いが肝要である。

近著『老いの孤独は冒険の時間』(河出書房新社)の中で、老齢からくるぎりぎりの局面において、今、自分ができることの可能性を探求する冒険の愉しさについて触れた。老いは冒険の時間なのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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