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【時の話題:「孤独」について】
稲葉昭英:家族社会学から見た"孤独・孤立"

2021/06/23

  • 稲葉 昭英(いなば あきひで)

    慶應義塾大学文学部教授

社会学では一般に孤立を物理的な対人関係の不足、孤独を主観的な対人関係の不足としてとらえることが多い。孤立が客観的な概念であるのに対して、孤独は主観的な概念であるということになる。

コロナ禍では社会的な接触機会が制約されることになり、多くの人にとって自宅で過ごす時間が増加した。内閣府が2020年5月および12月に約1万人を対象に実施した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」結果によれば、子育て世帯の7割以上が「家族と過ごす時間が増加した」と回答し、26%ほどが「夫の家事・育児が増加した」と回答している。こうした結果、全体の約半数が「家族の重要性をより意識するようになった」と回答している。こうした人々にとって孤独感を感じる姿は見えてこない。これは、子育て中の人々の社会生活のもっとも中心的な部分に家族があり、コロナ禍は家族関係を希薄化するのではなく濃縮化したためである。ただし、家庭に滞在する時間が長期化したことでDVや児童虐待の件数が以前より増加していることには別の問題として留意しておかねばならない。

では、まだ自らの家族を形成していないような若年層ではどうなのだろうか? 対人的な接触が制約されても若年層ではSNSなどで対人的なつながりが維持されているケースも多く、ただちに孤立状況が生じるとは限らない。ただし、SNSなどでの交流は既存の対人関係の上に発生することが圧倒的に多く、その有効性はもともと安定的な対人関係を有している人に限定される傾向があることに注意しなくてはならない。新たに対人関係を作る時期にある人、すなわち高校や大学などの新入生にとっては対面的な接触機会の減少は現実的な対人関係を形成する機会が持てないことを意味し、孤立およびそこから孤独感を感じることが多くなると予想できる。大学生協連が2020年10-11月に約1万1千人を対象に行った調査では、日常生活の中での悩みとして「友だちができない」ことを挙げた者は大学1年生で約35%に達し、「学生生活が充実している」とした者は56.5%と調査開始以来最低の数値を示している。このように、新しい関係を作らねばならない時期にある人々にとってコロナ禍による対人接触機会の制限は孤独感を生み出していると考えられ、もっとも憂慮されるべき存在といえるだろう。本学でいえば、ゼミの新規入会者なども対面的な接触の機会が持てないために、ゼミ内で親しい仲間を作ることは簡単ではないようだ。私のゼミでも、この2年間は学年を超えての交流はきわめて希薄に思える。

いっぽう、SNSなどにあまりなじみがない高齢者にとっては対人的接触の減少はほぼ確実に孤立状況をまねくことになる。先の内閣府調査ではいわゆるオンラインでのやりとりは60歳以上で「週に1回以上」が2割に満たず、過半数が利用経験がない。従来からもっとも社会的孤立が憂慮されてきたのは男性の無配偶者であった。男性は職業中心のライフコースを送るため、定年退職以前には自分の住んでいる地域に一人の友人もいないことが多い。このため、配偶者への心理的依存が大きくなるが、一方で女性はママ友に代表されるように地域に安定的な対人関係を有していることが多く、また親族関係も男性より活発であることが多いために、配偶者への依存は男性ほどは大きくない。このため、配偶者の死亡は男性にとって社会的孤立を意味するが、女性にとっては必ずしもそうではないとされる。さらに同じ無配偶でも死別や離別の場合には子どもがいることが多く、子どもとの関係が貴重な関係となることが多いのに対して、未婚の場合には子どもがいないことがほとんであるために、家族関係はきょうだい関係くらいに限られる。

しかし、高齢の男性未婚者の社会的孤立の問題はコロナ禍とは独立に指摘されてきた。もともと対人関係が希薄であるなら、コロナ禍による影響はむしろ少ない、ということになる。このように考えてみると、コロナ禍による孤立・孤独の問題がもっとも大きかったのは若年層であると言わざるを得ない。新しい社会関係の形成を希求し、「本来ならもっと社会関係が得られた」はずの人たちがコロナ禍で対人接触を限定され、これまで経験したことのないような孤立を経験するために孤独感が高まる。とくに、はじめて家族を離れて一人暮らしを伴う新生活を経験している人たちにこの問題が大きいと予測できる。こうした孤独の経験は短期的にはメンタルヘルスの悪化など看過できない問題を伴うが、長期的には個人の成長を促すなどプラスの側面もないとはいえない。その影響を今後注視していきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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