三田評論ONLINE

【時の話題:生殖医療の現在】
生殖補助医療をめぐる法の在り方

2021/02/18

  • 神馬 幸一(じんば こういち)

    獨協大学法学部教授・塾員

2020年12月4日時点で、「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(以下、「生殖補助医療法」)」が成立した。そもそも、我が国の法令上、「生殖補助医療」という言葉自体は、本法が成立するまで、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律施行規則」7条11号イにおいて、再生医療等の素材としての「余剰胚(生殖補助医療の過程で、不妊治療目的における用途が失われた受精胚)」に関連付けるかたちで、(唯一!)1件のみ用いられていた。ただし、それは、生殖補助医療の内容を直接的に定義付けたものではない。その意味で、生殖補助医療法は、「法令用語としての生殖補助医療」に関する定義を初めて(漸く?)示したものである。

この生まれたばかりの「生殖補助医療法」に関しては、未だ評価が定まっていない。従前において、生殖補助医療の大幅な進展に伴い、生物学的な意味で複雑化した家族関係をめぐる判例が蓄積されていた。本法は、それをめぐる司法判断に焦点を絞り、現状の一般的な法解釈と整合性が保たれるかたちで、その規定化を試みた。かかる意味では、画期的である。しかし、それは、生殖補助医療における法的課題の一部分にしかすぎない。意見対立の激しい論点をめぐっては、本法を介しての結論付けが先送りにされた。この保留的姿勢に関しては、批判が強い。

例えば、本法3条2項は、生殖補助医療の実施に際して、「必要かつ適切な説明」を行い、同7条は、国に対して「必要な相談体制の整備」を要求している。その一方で、かかる手続保障の具体的な姿は判然としない。また、いわゆる「代理母・代理出産」、「出自を知る権利」等の問題に関しては、本法附則3条で、概ね2年を目途として検討が継続され、その結果により法制上の必要な措置等が講ぜられるものとされた。ただし、これらの難問をめぐる意見対立が2年という期間で収束されうるのかの見立ては、非常に困難である。医療をめぐる法的議論は、それが人々の生き方ないしは価値観と密接に関わることから、そこでの妥協は見出し難い(例えば、臓器移植法附則2条における施行後3年目の見直しも、それが具体的に実現化したのは、10年後である)。今回の「生殖補助医療法」における成立過程で採られた(ある意味、戦略的な)方針も、まさに「小さく生んで、大きく育てる」というような印象を抱かせる。この法律が本当の意味で大きく成長するかは、むしろ、今後、私達国民の育て方次第なのではないか。

また、今回の生殖補助医療法成立が国内的(ローカル/ドメスティック)な議論状況に関する限定的な処置であることに対して、生殖補助医療自体の潜在的可能性は、更に、大きな広がりを有している。すなわち、かかる医療は、ゲノム編集という関連技術と組み合わせることにより、「人類(ヒト)」という種全体の設計図にも影響を及ぼしうる。特に、ゲノム編集は、2020年ノーベル化学賞において、その新しい手法(CRISPR-Cas9)が受賞対象となり、世界的にも関心の高い分野である。すなわち、生殖補助医療は、国際的(グローバル/インターナショナル)な規制をも必要とされている。

しかし、その具体的な在り様に関しては、国際的にも、完全なる意見の一致は、見られていない。例えば、我が国では、「ヒト受精胚に遺伝的情報改変技術等を用いる研究に関する倫理指針」という行政指針の下で、生殖補助医療の向上に資する基礎研究の分野に限り、ヒト受精胚を対象とするゲノム編集は容認されている。また、本指針では、研究者が踏み越えてはならない一線として、ゲノム編集が施された受精胚を人または動物の胎内に移植することは禁止されていながらも、その実施者に対する罰則規定は置かれていない。そもそも、基礎研究に当たらないかたちで、生殖補助医療の臨床現場においてゲノム編集が用いられた場合、本指針自体は適用されない。このような規制の実効性が疑問視される一方で、他の諸外国においては、法律上、刑事的制裁をもって、ヒト受精胚に関わるゲノム編集の一切を禁止している国もある(最も厳格な法的規制例として、ドイツの胚保護法)。

このような規制の在り方を論じる際には、生殖補助医療という領域の急速な発展に、法的議論が追い付けていないという「民主主義の機能不全」という問題も併せて指摘されることが多い。また、「(医学も含め)科学は客観的なものであり、民主的統制に馴染まない」という論もある。その際、法律は、あたかも足枷のように語られる。しかし、民主的な熟議を経ることで、医学ないしは医療がもたらしうる(抽象的な)リスクも、分担化されるのである。それにより、医療者は、部分的に免責されうる。生殖補助医療に伴う責任を医療者が全て引き受ける必要はない。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事