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【時の話題:コロナ禍と芸術】
「生の力」に接する場としての美術館

2020/07/20

この度のコロナ禍において、改めて確信したことは、芸術とは、人々の魂を揺さぶり、生きる勇気を与える力を有するものであるということ、そして、そうであるから、私たちは芸術の力を信じ、その火を絶やさぬよう取り組んでいかなければならないという、至極自明なことであった。

この度の緊急事態宣言の発令下において、私たちは“Stay Home” の掛け声の下、不要不急の外出を控え、自宅で過ごすことを余儀なくされた。ちょっとしたレジャーに出かけることはおろか、友人と会い食事をすることさえも控えるなど、食料品の買出しなどの必要最小限のもの以外の行動については自粛が求められた。美術や音楽鑑賞なども、各地の美術館や音楽ホールなどの文化施設が臨時休館となったことから、生の作品鑑賞の機会は奪われた。

緊急事態宣言が解除された今、私たちは再び生の作品鑑賞をすることができるようになった。改めて、生の作品と対峙して感じるのは、作品が持つ「生の力」である。おそらくそれは、優れた芸術作品には必ず「生命力」が宿されているからである。言い換えると、それらには、作者の人格や哲学、思想、その背景となる時代環境や社会状況などが、何らかのかたちで反映され、表出されているのである。

例えば、ある美術家は日常の中で現実感が希薄になり、放っておくと「今ここにいる」という実感が徐々に失われていくような恐怖を取り除き、そして確かに生きていることを確認するため、自らの身体に絵具を纏う行為を始めた。その個人的であるはずの行いが結果として、普遍的な美の姿として観る者を魅了する。またピカソやマティスなど20世紀を代表する作家たちは、アフリカの部族の仮面や木彫物などの造形物に驚愕し魅せられた。このような作品が観る者を魅了し揺さぶるのは、我々の共通のテーマである「生」に対する作者の切実な思いが、それぞれの作品や造形物に圧倒的な強度と純度をもって込められているからである。

このようなことは美術だけではなく、音楽や舞踏などにおいても同様である。音楽ホールでオーケストラと観客の間で共鳴し合う一期一会の体験や目の前で踊るダンサーの息遣いや空気感などは、生の芸術作品でなければ決して得られないものである。

この度の自粛下において、美術館や音楽ホールなどでの鑑賞機会を奪われた人々のために、インターネット上で、ダンサーがダンスパフォーマンスを披露したり、美術館の学芸員が展覧会のギャラリートークを行うなど、アーティストや文化施設などがこれまでにない新しい取り組みを行っている。

「坂茂建築展-仮設住宅から美術館まで」(大分県立美術館 2020年5月11日〜7月5日)展示風景 ©Masayo MOMIJIYA

当館も臨時休館中に、開幕を待つ「坂茂建築展─仮設住宅から美術館まで」のギャラリートークを東京の坂 茂氏と会場をオンラインで繋ぎ行ったほか、学芸員によるコレクション展のギャラリートークのインターネット配信、教育普及担当者と参加者の葉書の往復による「絵しりとり」やブログでのワークショッププログラムの配信などの取り組みを行った。

芸術分野以外でも、テイクアウトのPRで飲食店を支援する「#エール飯」の活動や「いま」現金・応援の気持ちで支援し、「みらい」に食べ・飲みに行ける食事券をリターンとした飲食店への支援金を募る「おおいた喰らうどファンディング」など、様々な取り組みが行われた。

どの取り組みも、自粛で多くの制限が設けられる中、その制限をものともせず、さらにはその制限までも逆手にとり、コロナ以前の日常にはなかった新しいやり方を生み出し、実行してみせた。こういった人間の偉大なる創造力を目にすることができたのは、コロナ禍におけるうれしい副産物であった。

当館は、2度の臨時休館を経て、5月11日に再開館を果たし、日々お客様を受け入れている。再開館にあたっては、マスクの着用やアルコール消毒液での手指消毒の励行のほか、入館時のサーモカメラによる体温測定や展示室内の人数制限、保健所などの行政機関による聞き取り調査などの可能性に備えた連絡先の記入などの新型コロナウイルス感染症対策を行っている。5月14日の日本博物館協会の「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」の発表よりも前に対策を講じ、再開館したため、当館の取り組みは全国的にも注目を集めた。

これからも、お客様とスタッフの健康を第一に留意しながら、来館者とアーティストと共に創造の場を育み続けていくことが公立美術館としての重要な役割であると考える。

そのためには、「調査・研究」「保存・修復」「展示」「普及」という美術館の基本となる活動をしっかり行い、鑑賞 者・体験者に常に新しい発見や刺激を与える展示や普及、情報発信などの活動を行うとともに、アーティストが活躍する場(機会)をつくっていくことが重要である。それは、この両輪をしっかり回していくことが芸術の力をより高めさせ、それによって、人々の暮らしがより豊かなものになっていくと考えるからである。

人々の魂を揺さぶり、生きる勇気を与える芸術の力を信じ、その火を絶やさぬよう、社会全体として、これからも取り組んでいきたいものである。

左:新宅加奈子 I'm still alive
右:釘の付いた立像「コンディ」アフリカンアートミュージアム(山梨)提供

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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