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【時の話題:アートの価値・再考】
アーティストとわれわれがつくる新たな価値

2020/03/16

  • 遠山 正道(とおやま まさみち)

    株式会社スマイルズ代表取締役社長・塾員

「アートの価値」を再考するにあたり、私の1つの視座は「アートによるビジネスの価値・再考」となろうか。

私は1985年に慶應義塾大学を卒業、三菱商事に入社し、33歳のサラリーマン時代に個展を開いた。その体験が今のビジネスの考え方そのものに直結している。私にとってアートとビジネスの結節点は「自分ごと」である。好景気の昭和の時代は、市場あるいは顧客を入念に眺めていれば良かった。だが今は、いかに価値そのものをつくって市場に送り込めるかが求められる。顧客の顔色を窺って描くアーティストはいない。ビジネスもそのように「自分ごと」で世に問うべきである。そして、その何をしたいのか、何をすべきか、が難しく面白い。だからこそ他者にとっても価値に繫がり得るし、自らの責任も大きいが、同時に喜びも大きい。

誰に頼まれたわけでもない個展を自分ごとでやってからの20年間、われわれはスープ、ネクタイ、リサイクルショップ、ホテル、海苔弁当など様々な事業を行い、また作家としても芸術祭に作品を出展した。簡単に言えば、ビジネスをアートから学んだ、ということだ。

もう1つの視座は、まさに「アートの価値・再考」と言えるかもしれない。

TCM(The Chain Museum)という小さくてユニークなミュージアムを世界にいくつもつくろうとするものだ。そのプラットフォームとして、アートに出会える、コミュニケーションできる、作家を支援できる新たなアプリ「ArtSticker」をスタートさせた。

元々の発意の1つは、アート・バーゼルにおいてコンテンポラリーアートのTOP of TOPに触れたとき、その非常に限られた世界に相対する、現代の技術や世界観の新しいプラットフォームを構築できるのでは? と感じたことだ。そんな非常に曖昧な想像の中から、このプロジェクトはスタートした。言ってみれば、この行為自身が社会彫刻的な様相のものである。彫刻家が、石の塊の中から自分だけが想う姿をノミで彫り出そうとするのとも似ている。

主題の「アートの価値・再考」に合わせて3つ示してみる。

1つは、TCMは建築などの箱を持たない、街に開かれたミュージアムであること。

行政の美術館でもハコモノにばかりお金がかかり、肝心の作品に回らぬケースがある。芸術祭は地域振興の役割も持ちながら素晴らしい実績を上げていると思うが、美術館も芸術祭も場所が特定される。TCMの第1号作品は、佐賀県唐津市の自然電力が運営する80メートルの風車の上に佇む、わずか3センチほどの金の雑草である。電力は元々目に見えぬが、風車の上にあるらしい金の雑草を、目を凝らして見ようとするもの。これは美術館の中ではできない。雑草越しに眼下に拡がる雲と唐津湾が実に美しく、その写真は是非「ArtSticker」で見て頂きたい。撮った自分が言うのもはばかられるが、息を飲むようだ。

2つ目は、もっと身近な場所がミュージアムになること。

5月にできる渋谷のホテル全体を使ったアート計画や横浜駅の商業施設、日比谷のオフィス受付、銀座のハイブランドのウィンドウなどに平面作品やインスタレーションが登場し、企画展のように巡回していく。美術館やギャラリーから解かれて、われわれの日常に出現する。

3つ目は、「ArtSticker」のスティッカーによる支援でアートを自由にすること。

かつてルネサンスの時代は王様や貴族が芸術を支えていた。現代においては、王様に代わってわれわれ1人ひとりがアートを支えられないか。

アートは、売買か入場料収入によって収益を得るが、このスティッカーが第3のお金の流れにならないか。

もし、この1人ひとりのスティッカーによってアーティストが最低限食べていけたなら、アートを売らずに済むかもしれない。売ることを前提にせず、表現に邁進できる。売れやすい30センチの絵だけでなく、3メートルの作品も可能だろう。1人ひとりの支援によってアートが自由になるかもしれない。もしこれが実現できたなら、人間の生き方の大きなイノベーションとでも言えまいか。あなたの支援によって、それを実現に一歩近づかせることができる。

アートとは不思議なものである。

キャンバスと絵具というコストでできたものが、3万円にも300万円にもなる。その差はまさに〝価値の差〟としか言いようがない。市場の中ですらそうである。アートの価値を決めるのはアーティスト本人ではなく、取り巻く鑑賞者なのである。

そんな緩やかな、アーティストとわれわれの互いの価値をつくっていく新しい場を生み出したいのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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