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【時の話題:「eスポーツ」を考える】
eスポーツとゲーム障害

2020/01/20

  • 三原 聡子(みはら さとこ)

    独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター主任心理療法士

折しもWHOが定めている診断基準であるICD-11に、「ゲーム障害」が収載されることが決まった昨年、2019年、わが国では国体の種目としてeスポーツが開催された。またプロゲーマーを養成する専門学校の設立や、公立高校での「eスポーツ部」の開設など、現在、わが国のeスポーツをめぐる状況は、大きく変わろうとしている。

久里浜医療センターは、2011年7月から「インターネット依存専門治療外来」を開設し、この8年間で日本全国から1800例以上のインターネット依存のケースをみてきた。受診者の90%がゲームに依存している。そして、この問題の深刻さ、問題の拡大を目の当たりにし、WHOのコラボレーションセンターとして、ゲーム障害をICD-11に収載するための動きを牽引してきた私どもとしては、複雑な思いがある。

そもそもゲームに依存性があるとされた理由は何か。依存の構成要素として依存行動と言われる依存に特有の行動があること、依存行動に起因する健康・社会・家族問題が生じていること、依存に共通した脳内メカニズムの存在が挙げられる。ゲームの過剰使用によってこれら3つの依存の構成要素を満たす状態になることが明らかになったため、ゲームはギャンブルと同じように依存性がある行動であるとされたのである。

まずゲーム障害における依存行動とは何か。ゲームをはじめるとなかなかやめられない、プレイ時間を減らそうと思っても減らせないといったコントロール障害、時間においてもお金においてもゲームが生活の最優先事項になること、問題が生じているにもかかわらず、ゲームを続ける、またはエスカレートさせるといったことである。

次に依存に起因する問題とはどのようなことか。当院初診時に、ゲーム障害に関連して起きている問題としては、進級できないほどの成績低下や長期の欠席、引きこもりといった学校や本人の社会生活に関連する問題がほとんどの受診者に起きている。また、1日1食といった不規則な食事による低栄養や昼夜逆転、運動不足による骨密度の低下、エコノミークラス症候群、脂肪肝といった健康問題が多くの受診者に起きている。さらに、家族への暴言・暴力、親のクレジットカードを無断で使用し多額の課金をするといった、家族関係に関わる問題も半数以上のケースに起きている。

さらに、ゲーム障害の患者において依存に共通した脳内メカニズムが起きていることを示す、脳画像研究からの知見も増え始めている。例えば、チン・フン・コは、ゲーム障害者と健常者にオンラインゲームの画像を提示したときに、ゲーム障害者のほうが、眼窩前頭皮質や側坐核、前帯状皮質、内側前頭皮質、背外側前頭前皮質、尾状核の賦活がより活発に見られたことを見出しており、薬物依存者と同様にゲーム障害者においても、視覚刺激に曝露されただけでも強い渇望が生じることを示した(Ko et al. : 2009)。また、ヤジン・メンは、ゲーム障害者の前頭葉に関する十編の論文をメタ解析し、ゲーム障害者においては、薬物依存者と同じように、前頭葉による行動や衝動のコントロール、報酬系の機能不全が起きていることを示している(Meng et al. : 2015)。

これらのゲーム障害者における知見を総括し、ゲーム障害者においては、他の薬物依存やギャンブル依存と同じように依存状態に陥っていることが理解されたのである。

それでは、eスポーツ選手はゲーム依存に陥っているのだろうか。eスポーツ選手は長時間にわたりゲームを訓練し続ける訳であり、それによって健康問題などの問題は起きるだろうが、脳画像研究などはまだ不足しており、依存と同じような状況であるのかについてはまだ明らかでないことが多い。

ファニー・バンヤイらはeスポーツに関する研究をレビューし、実証的な研究が少なく、公衆衛生にどのような影響をもたらすのかの研究が不足していると述べている(Banyai: 2019)。チョン・トーマスもまた、先行研究をレビューした結果、情報の大部分が商業的な面から出されているもので、利益相反が明らかにできず、バイアスのかかった現状しか把握できなかったと述べている。そのうえで、eスポーツが流行し、競技に参加する者、見る者はすでに世界各国で増加しており、それに伴ってゲームをする者の数が今後も増加していくことが見込まれるが、それによってゲーム障害の者も増加するだろうと述べている(Chung: 2019)。

現在明らかになっていることをまとめると、ゲームには薬物やギャンブルと同様に依存性があること、ゲーム依存に陥ると脳機能にも障害が生じること、脳画像研究などによるゲーム依存者とプロゲーマーの脳機能への影響の違いなど、まだ明らかでないことが多いということである。そのような安全性も危険性も明らかでない現状で、安易にeスポーツを教育場面に取り入れたり、スポーツとして推奨することで、プロプレイヤーを夢見てどれだけ多くの子どもたちがゲームに依存していってしまい、その人生を台無しにしてしまうかを考える必要があるのではないだろうか。産業としてeスポーツを盛り上げるのであれば、依存に対する十分な対策をすることが急務である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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