三田評論ONLINE

【時の話題:副業の時代】
副業と個人、副業と企業

2019/11/18

企業からみた複業の効用

次に、企業の副業観はどう変化してきたか。企業の7割近くは、今でも副業禁止である。その理由として、①長時間労働を助長、②労働時間の把握が困難、③本業に専念できなくなる、④情報漏洩、⑤競業、などが挙げられる。ロート製薬、カゴメ、新生銀行などの大手企業も解禁してきたが、そこで期待されているのは、副業(side jobs)ではなく複業(multiple jobs)である。複業の効用として、以下のような点が挙げられる。

第1は、「越境学習」の効果である。小規模で若い企業であれば、30歳代で事業のすべてを担当する機会も持ち得る。しかし大企業では、若い時に全社的視点で業務を行う機会が少なく、50歳になって急に経営をやれと言われても、スキルがない。それを補うものが複業である。仕事以外の越境の場(OFFJT)で、自己完結的な業務を経験(OJT)させるのである。

第2に、オープン・イノベーションへの寄与が期待できる。変化の速い今日、新規事業に必要な資源がすべて社内に備わっていることは稀であるが、社外の誰と、どのように組めば良いかのノウハウは乏しい。

社員が複業を進める過程では、しばしば壁に直面し、外部の専門家との連携が必要となる。複業を通じて、外部ネットワークを広げ、使いこなす力を高めることも期待できる。

もちろん、複業が軌道に乗って社員が退社してしまうリスクもあるが、スピンオフした会社とネットワークを形成して本業を拡大していくことも、現代の企業には求められている。

第3に、「リテンション(人材の確保・維持)・スカウト」としての効果もある。優秀な社員から「独立して起業したい」と申し出があると、従来は慰留か退職を認めるかしかなかった。しかし複業という選択肢があれば、優秀な社員を会社に留めながら、社員は自分の可能性にチャレンジできる。

反対に、外部から優秀な人材を採りたい場合、その企業の人事体系では処遇できない場合もある。例えばフィンテックやAIの専門家は、高給を払わないと採用できない。そのような時に、在職のまま複業として当社の仕事を手伝って欲しい、あるいは複業を認めるから転職してきて欲しい、と提案するケースも出てきた。例えばサイボウズは、マイクロソフトの技術者を、複業容認の条件で採用している。

そして第4に、起業に向けた「滑走路」の役割も考えられる。定年と共に収入がゼロになっては、人生100年は不安である。しかし、定年後に新しい仕事を探すのは至難である。そこで、収入も仕事も減った役職定年の間に、企業は退職後の人生に備える支援として複業を認め、起業への「滑走路」を与えてはどうか。

選択肢のある人事の中で

かつて後ろ暗いイメージだった副業は、個人の自己実現を支援する新しい人事システムとして注目されてきた。今後、「副業禁止の企業が7割。副業に興味を持つ会社員が7割」というアンマッチ状態は、変化していくだろう。

ただし、「解禁されたら何をしようか」というスタンスでの複業は失敗する。やりたくて仕方ない仕事でなければ、壁にぶつかった時に乗り越えられない。選択肢のある世界は、自己責任が問われる世界でもある。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事