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【時の話題:副業の時代】
「二枚目の名刺」が生み出す新たなストーリー

2019/11/18

  • 廣 優樹(ひろ ゆうき)

    特定非営利活動法人二枚目の名刺代表/商社勤務・塾員

「副業」というと、どんなことが頭に浮かぶだろうか。従来のイメージは、隠れて行う小遣い稼ぎだった。しかし今、これまでとは異なる文脈で、本業とは別の取組みをする人が増え始めている。注目したいのは、その目的だ。

働く目的は、収入を得ることだけではない。経験を通じた成長、自身にとってのやりがいも重要な要素だ。従来は、会社が将来の収入も成長機会も、そしてモチベーションも含めて管理してくれた。しかし、会社と個人の関係は大きく変わり始めている。個人が働く現役期間が、企業の平均寿命を上回る。ライフステージも意識しながらキャリアを自ら設計することが必要だ。会社外にもう1つ働く軸を持つことは、自らの人生における、収入、成長、やりがいのバランスについて、自ら選択することを可能とする。

本業とは別に、社会のこれからを創ることに関わる、そんなもう1つの名刺を私は「二枚目の名刺」と呼んでいる。ベクトルを社会に向け、社会で自らの価値観を表現する時に持つ名刺だ。「二枚目の名刺」を持った時、人生の幅が広がり、今までにない刺激と予想もしない出会いが訪れることになる。

NPO法人二枚目の名刺を立ち上げたのは、今から10年前の2009年。まだ社外での活動と言えば「そんな暇があれば、仕事しろ」という反応が一般的だった頃だ。NPOを立ち上げる1年前、20代最後の年に自分自身が「二枚目の名刺」を持ち、人生が変わる体験をした。

当時、私は、金融セクターで働いていたが、子どもが生まれてから、子どもたちの住む未来への思いが強まり、特に「食」への関心が高まっていた。そこで、イギリス留学中、本業とは別に、ベトナム商工会議所と連携し、ベトナム産農作物の輸出促進策を策定するプロジェクトに挑戦した。未知の分野だったが、プロジェクトが終了し「ありがとう、これは役に立つ」と言われた時、本業以外でも価値を生み出せることに気付くことができた。たくさんの失敗を経験したが、それ自体が成長の糧となり、自分が変わっていく実感があった。そして、プロジェクトの過程で面談したベトナム人起業家に「ベトナムは若くエネルギーが溢れている。日本はどうだ。自分は起業し雇用でも社会に貢献している。君は日本に帰って、会社員をやるだけで本当に良いのか」と投げかけられたことを、忘れられない自分がいた。

「二枚目の名刺」を持つことで生まれるこの経験と変化を、たくさんの人に届けたい。「二枚目の名刺」を当たり前の選択肢とし、同時に「二枚目の名刺」を持つきっかけを創り出すことを目指して立ち上げたのがNPO二枚目の名刺だ。自分もまた、「二枚目の名刺」を持ったからこそ、人生が豊かになったと感じるし、今なお会社員をしながら、NPOの経営に挑戦すること自体、やりがいでもあり、成長の機会になっている。

NPO二枚目の名刺では、社会人が「二枚目の名刺」を持つきっかけとして、NPOサポートプロジェクトを展開している。社会課題に向き合うNPOと、社会に何か貢献したいと考える社会人5人程度のチームが一体となり、期間3カ月のプロジェクトに取り組む。NPOの分野は、スポーツ、教育、文化、健康・福祉など様々だ。

一見すると社会貢献プログラムに見えるかもしれないが、注目してもらいたいのは参加する個人の変化だ。NPO代表者──はっきりした価値観を有し、強いパッション(情熱)とともに活動する──との接触は、会社生活の中で見失いがちな会社人の価値観を再定義する。業種、年齢も異なるメンバーとの協働は、相対的な自分の強みに気づくチャンスだ。明確にやりたいことがあるわけではない、そう思いながら、NPOへの共感だけで参加した社会人も、プロジェクト終了時には自身の軸が見え始めている。そんな変化が起こるプロジェクトなのだ。

こうした個人の変化は、企業がOJTでは育成できない要素を社外で学習できる「越境学習」の機会として捉えられ始めている。多様性の中でのリーダーシップの体得、「キャリア自律」を促す人事施策と位置づける企業は少なくない。

社会課題は満たされていない人のニーズだ。すなわち、社会課題自体がイノベーションの種である。また、社会課題の解決に前例も正解もない。会社で染みついた「決まり切ったやり方に従う」のではなく、チームで試行錯誤することはイノベーションのメンタリティを体得する機会でもある。イノベーション創出の起点であり、イントレプレナー(社内起業家)の育成にもつながる、とする企業もある。

一部の企業は、社外での取組みを戦略的に企業内に取り込むことが、企業の価値になることをわかっている。社外での活動を、反対・静観するのではなく、積極的に後押しし、越境した彼らが社内でいかんなく力を発揮できるよう組織開発にも取り組む。

従来の副業イメージとは異なるストーリーが動き始めている。その時、自分は傍観者か、あるいはそのストーリーの当事者か。自身の選択が、この先の大きな違いをもたらすことになる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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