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【時の話題:ドローン社会の到来】
中国と「空の産業革命」

2019/08/19

  • 伊藤 亜聖(いとう あせい)

    東京大学社会科学研究所准教授・塾員

村井純氏が本誌掲載「インターネット文明論之概略」(2019年4月号)で福澤諭吉『西洋事情』冒頭の図を紹介していた。「蒸気、人を済(たす)け、電気、信(インフォメーション)を伝える」と解釈でき、地球儀の上を飛脚が4つの海をまたいで人類をつなげる図である。「互聯網(インターネット)、人をつなぐ」とつなげられるだろう。

この想像力の延長線上にあるのが、目下の人工知能、IoT、ロボティクス、ナノテクノロジーといった一連の技術革新が世界を変えつつあるとみる「第4次産業革命」論である。

ネットワークとすべてがつながる社会の到来は「IoT(Internet of Things)の時代」と呼ばれている。全世界の人口100人当たりの携帯電話契約件数は2016年に100件を超えた。2018年末には世界人口76億人の過半がインターネットアクセスを得た。2000年代に準備されたインターネットと端末の開発は、デジタル経済の台頭という形で2010年代に世界を覆った。

空ではどうか。ドローンと通常呼ばれる複数のプロペラが搭載されるような機体が、搭載電池の軽量化、そしてモーターの機能強化によって飛行可能となった。インターネットの世界では、メインフレームと呼ばれるフロアを占拠する機械から、パーソナルコンピューターの時代、そしてスマートフォンへと「コンピューターの民主化」が起きた。空では2億ドルの民間旅客機、500万ドルのヘリコプターから、700ドルのコンシューマードローンまで選択肢が広がった。

空、それも低空域を利活用することで、何ができるのか。これがドローンの提起するパズルである。日本を含む世界で徐々に空撮からインフラ点検、農薬散布、アミューズメント、物流へと用途が広がってきている。しかしドローンはテロリスト集団がプラスチック爆弾を搭載すれば無人空爆の道具ともなる。「空撮の民主化」は、「空爆の民主化」と隣り合わせにある。

機体としてのドローンの開発と生産では中国企業が主役となっている。世界最大手のコンシューマードローンメーカーとなったDJI(大疆創新)は現状市場シェア70%と言われる。2006年に創業し、現在では中国南方のハイテク都市・深圳で、新世代企業の代表格となった。ドローン業界関係者にとってはDJIの街というイメージであるが、より広く言えば、通信機器端末大手のファーウェイや、10億人を超えるユーザー数を誇るウィーチャットを展開するテンセントの本社がこの都市にある。スマートフォン製造のためのサプライチェーンに、圧倒的に若い人口構造と新規創業企業を立ち上げ育てるためのエコシステムが合流した。

深圳市で開催されるドローン展示会に参加すると、DJI以外のメーカーの多さに驚かされる。特にDJIが当初の主力市場と設定してこなかった、産業用途(消防署用、警察用、石油天然ガス設備検査用)では、中国国内の大市場を前提として有力企業が台頭しつつある。中国のEコマース大手はドローンを一部に組み込んだ自動物流システムの開発に着手している。

端末のみでは、技術の社会実装は実現しない。いま中国社会は巨大なるIoT実験場となっている。ドローンのように飛行の安全性を確保しながら、新たな価値を創造していく必要がある場合には、規制強化のみでは社会実装は進まない。

深圳市の中心部の南山区の深圳大学に在外研究で滞在していたときに目撃した光景が忘れられない。キャンパス内には広い芝生があり、週末は頻繁にドローンが飛んでいた。学生たちはドローンが飛んでいる姿を一瞥するものの、いつも通りに通り過ぎる。彼らには日常茶飯事だからである。東京大学の本郷キャンパスで、空撮するチームに同行したときに生じたのは人だかりである。新たな事象を目撃したとき、驚きの段階を超えて、日常として認識する段階になれば普及と言える。ソフトバンクのペッパーを街中で見て驚かなくなったとしたら、それは進歩である。

経済学者の井上智洋氏は近著の『純粋機械化経済──頭脳資本主義と日本の没落』(日本経済新聞出版社)にて、人工知能が社会の前提となる世界を検討し、楽観論と悲観論を深く併記している。なかでも筆者の興味を引いたのは、井上氏が、中国こそが人工知能技術を大胆に政策的に支援し、次なる産業革命の果実を獲得しつつある、と捉えていることだ。ずいぶん大胆に言い切ったな、と思った。

少なくともモバイルインターネットが技術的に可能にしたことを、中国企業と社会が大胆に活用し尽していることは事実だ。その背景には政府の役割や政策に加えて、未知のサービスをスタートアップ企業が提案するエコシステムがある。

技術的進歩が4つの海をつなぐという未来は達せられた。しかし、つながった未来に課題は山積している。米中摩擦の文脈では、技術覇権や分断化が議論される。蒸気、電気、インターネットの延長線に記すべき文句はいまだ決していない。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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