【時の話題:揺れるイラン】
革命40年、イラン社会の現在──スカーフを脱ぐ女性たち、グローバル化する農村
2019/06/07
提供:貫井万里
今から40年前、革命の大行進が行われたテヘランのエンゲラーブ(革命)通りに、2017年12月27日、スカーフを脱ぎ、旗のように掲げて立つ少女が現れ、大騒ぎになった。目撃者によって撮影された彼女の映像は、瞬く間にSNS上で共有され、賛同者が続出した。同年末にイラン全土で起きた抗議運動の一幕である。
1979年のイラン革命後に成立したイスラーム共和国は、イスラーム法に則った政治、社会、文化、生活の構築を目指した。その象徴ともいえるのが、公共の場所で女性にヴェールの着用を義務づけた規則であった。
その後、1990年代後半に自由化政策を推進したモハンマド・ハータミー大統領の時代に、女性の服装や男女交際に対する規制は大幅に緩和された。今では、テヘランの街を歩くと、ほんの申し訳程度にスカーフを後頭部にくっつけ、前髪と横髪をなびかせ、スパッツに短めのブラウスといった姿の女性たちが闊歩している。1997年に「白いハーフコートがふしだらだ」という理由で宗教警察に捕まった経験のある筆者としては、隔世の感である。
2018年2月14日、革命記念日の演説でハサン・ロウハーニー大統領は、「若者にイスラーム法を無理やり押しつけるのは困難であり、彼らの不満に耳を傾け、必要な場合は国民投票を実施するべきである」と述べた。しかし、同年5月の米トランプ政権によるイラン核合意離脱は、穏健派のロウハーニー大統領の力を弱め、保守派の反対を抑えてヴェール解禁に向けた国民投票をする余力を奪ってしまった。
19世紀末から繰り返されてきたイランのナショナリズム運動は、常に都市で展開してきた。しかし、2017年末に経済的不満から始まり、イスラーム体制の打倒まで叫ばれた全国的な抗議運動の主舞台は、従来、政治とは無縁だった地方都市や農村であった。
イスラーム政権は、「反動的なイスラーム体制の復古」と批判する欧米世論に対抗するため、地方での近代化と教育の普及に邁進してきた。その甲斐あって、現在では僻地にも水道、電気、ガスが普及し、人々の生活は驚くほど豊かになっている。1979年にイランで電化されていた村は約4,000にすぎなかったが、2003年には約47,000に上り、人口の96.7%が電気を利用できるようになった。また、1978年に人口の74.5%に供給されていた水道設備は、1994年時点で92.8%に到達し、ガス供給網も農村の7割以上に普及している。
教育面でも、1976年時点で15歳以上の識字率は36.5%であったが、2016年には85.5%に達し、若年層に限ると98.1%に上る。大学進学率も約70%(その6割が女子)と、日本(57.9%)より高く、人口の半数以上がインターネットを利用する。革命後、イスラーム政権が、「腐敗堕落の象徴」として欧米文化の流入を規制し、ハリウッド映画も西洋のポップスやロックも禁止になった。海外の情報に飢えた一般市民が、政府によってブロックされた違法サイトやSNSにあの手この手でアクセスを試みるうち、国民全体のIT能力が底上げされた感がある。
2018年11月、イラン北西部に位置するクルディスタンの秘境、パランガーン村を訪問した際、色とりどりの民族衣装を着たクルド女性たちと記念撮影をした。彼女たちに「写真をワッツアップ(WhatsApp)で送ってほしい」と頼まれ、私が「使えない」と答えると、とても驚かれてしまった。
イランは、2006年以降、核開発を理由に厳しい制裁を科されてきたが、キャッシュレス決済や、イラン版のウーバやツイッターに加え、日本では遅々として進んでいないマイナンバーカードでの公共料金の支払いや行政サービスの導入など、制裁下で独自のデジタル経済を発展させてきた。
IT化の広がりは、地方の若者たちにも、世界の情報にアクセスする機会をもたらした。しかし、それがかえってイスラーム体制下の暮らしへの不満を蓄積させ、外部からの煽動に晒されやすくなっている可能性がある。
実際に、トランプ政権高官やイスラエルの情報機関、サウジアラビアの王族との密接な関係が取り沙汰されているイランの反体制派組織モジャーヘディーネ・ハルク(MKO)は、近年、イスラーム体制の内部崩壊を狙って社会不安を煽るような情報を盛んに発信している。確かに、人口の約7割を占める革命後に生まれた世代の多くは、他国との対立や経済制裁という負担をかけてまで、イスラーム体制を護持することに疑念を抱いている。
かといって、アメリカの制裁に苦しむ彼らの間で「イランを裏切った」MKOに対する支持が広がっているわけでもない。むしろ、アメリカやイスラエルの攻撃に備えるという理由で、イスラーム革命防衛隊を中心に強硬保守派がますます勢いづいているのが現状である。
提供:貫井万里
提供:貫井万里
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2019年6月号
【時の話題:揺れるイラン】
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貫井 万里(ぬきい まり)
公益財団法人日本国際問題研究所研究員・塾員