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【時の話題:揺れるイラン】
緊迫高まるイランと米欧

2019/06/07

テヘラン北部タジュリーシュ広場にあるイマームザーデ・サーレ聖廟
提供:貫井万里
  • 田中 浩一郎(たなか こういちろう)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

中東の地域大国イランは、親米路線のパフラヴィー国王を廃したイラン革命以後、イスラーム共和国体制の下で40年にわたって反米を標榜してきた。それゆえ、革命体制を認めない米国との対立が常態化したのも当然である。そして、不拡散分野における多国間外交の成功例と称賛されたイラン核合意に当初から否定的であったトランプ大統領が2018年5月にその核合意から離脱し、イランに対して史上最強と称する経済制裁を科すことによって、事態はいっそう緊迫化する様相を見せている。

イランは、米国の介入主義の様子を捉えてこの超大国を大悪魔と名指しし、対する米国は、イランを中東地域における諸悪の根源と断じることで、両国は互いを容赦なく批判してきた。米国は、イランが国際社会に受け入れてもらう上で、まずはその行動を正すべきであるとして、12項目の要求の受諾を迫っている。その中には隣国に対する干渉の停止、武装組織との関係の清算や弾道ミサイルの拡散の終結など、妥当な事項も認められるが、いまなおイランが一方的に履行を続ける核合意NPT(核兵器不拡散条約)で認められた核活動すら止めることが含まれている。

このようにトランプ政権は、イランに全面降伏を強要しているが、国連安保理決議の裏書きを受けている核合意からの離脱によって、米国が安保理決議と国際法に対する違反を犯している事態を省みない。米国内手続きに反してサウジアラビアへ核技術を秘密裏に提供する一方、イランにはNPT上の権利さえ放棄させようとしている。圧力に屈しないイランに加えて、イランの通商相手に対する二次制裁の適用という悪意を示している。これは、安保理決議を真摯に履行する第三国に対して懲罰を下すというパラドックスを生じる愚行である。

イランの発する脅威について、実態以上に事を大きく捉え、恣意的かつ作為的な演出が行われることも少なくない。その多くはトランプ政権が、イランを実存上の脅威とみなすイスラエルおよび仮想敵国と位置づける一部のアラブ諸国の思惑に踊らされていることの影響である。

これら米国の友好国は、実は、イランに行動の変化を求めるのではなく、長くイランの体制転換を唱導してきたボルトン大統領補佐官とともに、現体制の崩壊を企図していると推定される。その路線に乗っているトランプ政権は、対イラン軍事作戦発動の口実に使える「反応」を引き出すことに期待をかけ、執拗にイランを挑発することで事態を発展させてきた。

当のイランは、トランプ陣営が2020年秋の選挙で敗退することに活路を見出す上で「籠城」を決め込み、あらゆる挑発を往(い)なそうとしている。その一方で、核合意に関して米国とは一線を画する欧州に、核合意の対価であったはずの経済関係の拡大を期待してきた。だが、大西洋間に亀裂が生じていても、米国が振りかざす金融制裁に対して欧州ができる抵抗は限られている。そして、米国からの制裁によって多大な損失を被るリスクのある民間企業のビジネス判断を欧州諸国政府が覆すことは不可能である。また、イランの人権問題と弾道ミサイル開発に懸念を示す欧州が、一様に無条件でイラン支持というわけでもない。

相手に対する不信感は、イラン側も同じである。歴史上の帝国主義に対する苦い記憶もあるが、これまで核合意を遵守してきたイランは、合意の履行事項の一部を停止することで、米国のみならず欧州に最後通牒を突き付けている。最近では、イランの反体制武装組織の活動が欧州諸国で顕在化していることについて、やはり欧州の意図を疑っている。かように状況は不安定である。

いまペルシア湾の近隣では穏やかでない動きがますます増えている。インド洋に面したオマーン湾でのタンカー被災、サウジアラビアの国内パイプライン被弾、バグダードのグリーン・ゾーンへのロケット弾攻撃、度重なるホルムズ海峡封鎖の脅し、有力アラブ紙が掲げる対イラン報復攻撃論など、5月だけでもひしひしと高まる緊張を象徴する事案が連日のように起きている。相互に挑発する言動が続く中、イランと米国の指導者がそれぞれに軍事衝突を求めていないと公言したとしても、偶発的にそこに至る可能性を排除し得なくなっている。それがいかなる事態をもたらすことになるのか、自明であろう。

日本が置かれた状況も欧州と大きく異なるわけではない。改めて導入された米国の二次制裁によって、原油取引を中心とする日本とイランとの経済関係は危機に瀕している。それは不拡散に向けた長年の努力の賜物であった核合意が崩壊する序章でもある。

トランプ大統領も参加するG20大阪サミットは、イランに引き続き戦略的忍耐を求める一方、増進する緊張の責任をイランに帰する場となる可能性がある。議長国としてイランに自制を求めるならば、バランス上、合意履行への対価を保証し、さらには危機を深めた米国を諫めなければならない。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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