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【時の話題:揺れるイラン】
ロシアから読み解くイランの重要性

2019/06/07

テヘラン北部タジュリーシュ広場にあるイマームザーデ・サーレ聖廟
提供:貫井万里
  • 廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

イランはロシアの地域政策、中東政策において高い重要性を持つ。特に、2014年の「ウクライナ危機」以降、欧米から経済制裁を発動され、世界的に孤立しているロシアにとって、イランとの協力関係は、自国外交という観点のみならず、地域の安定維持のために肝要となっている。また、ロシアがその解決で主導的立場をとりたい「シリア問題」でも、イラン、トルコとの協調が不可欠な状況である。

他方、米国との関係がますます悪化しつつあるイランにとっても、ロシアとの関係は重要である。ロシアは以前から、米国に対抗する上で、イランと利害を共有しており、対イラン制裁に反対するなど、イランとは概して良好な関係を保ってきたと言ってよい。最近も、米国が対イラン制裁を強化する中、ロシアはイラン産原油の輸出継続を主張し続けている。イランはロシアと二国間レベルでの関係緊密化に止まらず、中ロが主導する上海協力機構にもオブザーバー参加し、正式加盟を目指しているという。イランはイスラエルや多くのアラブ諸国と緊張関係にあるが、ロシアは、イスラエルはもちろん、アラブ諸国とも概して良好な関係を維持しており、今後の中東和平においてロシアが鍵を握る可能性も高い。

そして、イランとロシアの関係緊密化は近年、特に顕著になっている。2018年8月には、カスピ海沿岸5カ国による合意が成立した。かつて世界一大きな湖であるカスピ海の沿岸国はソ連とイランのみであったが、1991年のソ連解体により、沿岸国が5カ国に増えた。そして欧米の技術の利用が可能になったことでカスピ海の石油や天然ガスという海底資源の採掘が可能になると、沿岸国の間でカスピ海の領海問題と法的地位の問題が浮上した。既成事実の積み上げで資源採掘は進められたものの、それらの問題によって地域の緊張が引き起こされ、また、カスピ海の海底パイプラインの建設も困難になっていた。昨年の合意でも、カスピ海の法的地位は、海でも湖でもない特別な地位という玉虫色の結論になったが、カスピ海の問題は沿岸国だけで決定していくこと、沿岸国以外の軍艦の侵入を禁止することが決定されたことは、欧米、特に米国の影響力を退けたいロシア、イランにとっては大きな勝利と言えるだろう。

ロシアはこれまでもカスピ海からシリアに巡航ミサイルを発射するなど、中東政策でカスピ海を戦略的に利用してきたが、本合意で、ロシアはカスピ海の制海権を確立したことになり、カスピ海の戦略性はさらに増しそうである。加えて、ロシアとイランのカスピ海における軍事協力もさらに緊密化すると考えられている。

なお、資源の採掘や海底パイプラインの建設は、関係国の合意により可能となった。だが、海底パイプラインの建設には、環境アセスメントの結果を沿岸国が認めることが要件となっており、地域における影響力を削がれるとして海底パイプラインに反対していたロシアは、逃げ道を確保できた。

このカスピ海合意前から、鉄道、道路、運河などのインフラ整備や経済、観光などの促進に向け、カスピ海沿岸国および周辺国の地域協力が活性化してきたが、この合意はそのムードをさらに促進している。特に、ロシアは、アゼルバイジャン、イラン経由で自国とインドを船、鉄道、道路で結ぶ約7200キロメートルの南北輸送回廊を、2020年にも完成させたい意向だ。それが完成すれば、中国の「一帯一路」に対抗しうる輸送網となるはずであり、中国と表面的には連携を強化しつつも、本音では不信感を募らせるロシアにとって、ユーラシアでの影響力を挽回する重要なツールにもなりうる。そうなればイランもユーラシアのハブになり、地域における存在感も高まるだろう。

だが、現在、米国はイラン原油全面禁輸に舵を切り、日本などへの提供除外も2019年5月に撤廃されることになった。日米同盟を外交の根幹としている日本にとって厳しい局面であるが、イランの重要性に鑑み、最善の外交方針を模索するべきだと考える。

2018年9月、河野太郎外相がロシア・イランを結節するコーカサス三国を歴訪した。日本の外相によるアゼルバイジャン訪問は1999年以来であり、アルメニア、ジョージアへの訪問は史上初となった。コーカサスは日本にとって馴染みが薄いが、欧亜の十字路に位置し、またアゼルバイジャンは資源産出国でもあり、戦略的意義が極めて高い地域である。コーカサス三国との関係を強化し、紛争を多く抱える同地の安定と発展に貢献する日本の意欲を示したことは、日本外交において大きな意義があり、高く評価されるべきである。ロシア・コーカサス・イランというカスピ海地域は中東やユーラシアの平和と安定の中心地点である。日本はそれら地域を「点」ではなく、「面」で捉えつつ、包括的かつ柔軟な外交を進めていくべきだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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