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【時の話題:文化財の保護と活用】
文化財保護法改正が生む地域の役割と課題

2018/08/15

  • 川野 裕一朗(かわの ゆういちろう)

    東京大学東洋文化研究所特任研究員・塾員

2年後に迫った東京オリンピックに向け、観光立国という方向に邁進する日本。2015年に文化庁主導で始まった「日本遺産(Japan Heritage)」事業など記憶に新しいのではないだろうか。地域に分散する文化財を、地域特有の歴史やストーリーに基づいてまとめ上げ、整備し、世界に向けて情報発信するこの事業は、文化財版の「クールジャパン戦略」とも言える。

近年の文化財をめぐる方向は、文化財の「保護から活用へ」向かっているようだ。2018年通常国会で可決された改正文化財保護法(2019年4月1日施行)も、このような動向と無縁ではない。改正案の趣旨には以下のようにある。

「過疎化・少子高齢化などを背景に、文化財の滅失や散逸等の防止が緊急の課題であり、未指定を含めた文化財をまちづくりに活かしつつ、地域社会総がかりで、その継承に取組んでいくことが必要。このため、地域における文化財の計画的な保存・活用の促進や、地方文化財保護行政の推進力の強化を図る。」(文化庁HPより引用)

その内容は「文化財保護法の一部改正」と「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部改正」から成る。 改正の詳細には深く触れないが、その骨子は、これまで国が所管していた文化財行政の権限の多くを、都道府県、さらには市町村といった地域へ委譲する点にあるだろう。移譲された権限をもとに、地域がより柔軟に文化財の保護や活用を進め、地域づくりやまちづくりに文化財を活用できるようにすること、それが改正の狙いとなる。

本改正において何より期待されるのは、文化財の保護活動に、これまで以上に地域が権限をもって臨めるようになることだろう。地域の様々な立場の人々が関与し、文化財ごとの実情に合う、より柔軟で持続性の高い保護や活用の実現が期待される。また、地域の未登録文化財を、地域主導で国の文化財保護体制下に組み込む試みは、文化財の価値基準に地域の思いをより強く反映させることにも繫がるだろう。

一方で、文化財へ当事者以外の人が関わることで、保護よりも活用や商業利用が重視されるのではないか、さらに「稼げる/稼げない」といった経済的な観点から文化財同士の競合に巻き込まれ、文化財の変質や、改変を引き起こしてしまうのではという危惧が、国会での質疑や、地方史研究協議会などの学術団体から寄せられている。

確かに、地域の文化が、国の文化財に指定されることで今までにない注目を浴び、その環境を激変させることがある。新たに観光目的で利用されることも少なくない。その結果、文化財に想定外の変化が生じ、保護・継承活動に齟齬(そご)が生じたという事例は、文化を「文化資源」として活用する文化の資源化に関する議論などの形で数多の報告がなされている。私も、現地調査の場でしばしば耳にする事例である。

しかし、活用に伴うリスクを警戒することはもちろん大事ではあるが、過度に保護のみを優先し、活用を悪しきものとステレオタイプに批判する姿勢は、保護や継承に苦しむ当事者への共感が欠如した理想論でしかない。

少子高齢化、過疎化を前に、今まさに継承の危機を迎えている地域にとって、文化財を活用し当該地域の活性化を目指すことは、生き残りをかけた大事な戦略である。その過程において、身近に文化財と接することで、文化財保護活動に対する協力や理解が育まれることもある。保護と縁遠いように見える活動が、結果的に文化財の保護活動を充実させる例も少なくない。

「保護から活用へ」という流れの中、文化財に対して、保護と活用のバランス感覚を持った接し方が、今後ますます求められるだろう。改正内容を見ても、その責務は、今まで以上に地域の人間に委ねられることとなる。

その上で、今後は文化財に留まらず、文化財を取り巻く地域の社会環境をも視野に入れた議論が必要となるだろう。

以前、私は、中国地方の神楽研究を通じて高校生の担い手と接したことがある。彼らは、幼少期から神楽を舞い続けている期待の後継者であった。しかし、彼らは高校卒業後、進学や就職により地元を離れることを余儀なくされ、中には神楽を諦めざるを得ない者もいた。継承への熱意は強くても環境がそれを許さないという話は、おそらく全国各地で聞かれる課題の1つだ。

文化財の実情をもっとも把握している者は、所持者や担い手、学芸員など地域の有識者だろう。一方で、文化財の置かれた社会環境を客観視し、保護の必要性や活用の方向を見定めるには、外部の他分野からの視点も必要だ。

文化財を中心に、所持者、担い手、有識者、地域社会と同心円状に広がる登場人物をまとめ上げ、文化財のより良い保護と活用を進めるプラットホームとなる地方行政の存在は、今後ますます重要なものになると私は考える。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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