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【時の話題:著作権保護期間の延長】
来たるべき著作権の存続期間延長を前にして......

2018/06/26

  • 奥邨 弘司(おくむら こうじ)

    慶應義塾大学大学院法務研究科教授

「1769年、英国に於て遇(たまた)ま蔵版のことに付(つき)事故を生じ、蔵版は永代著述家の私有と為(な)すべきや、又はその年期を限るべきやとの議論ありて、遂(つい)に議事院の評議に従い、年限あるものと定め、その年限の間は国法を以て著述家に専売の権を附与せり。」福澤諭吉『西洋事情 外編巻之三』(『福澤諭吉著作集』第1巻)

『西洋事情』において既に指摘されているように、遡ること250年前から、著作権には有効期間(法律用語としては存続期間)の仕組みがある。現在の我が国における、原則的な存続期間は、著作物の創作に始まり、著作者の死後50年間となっている。例えば、江戸川乱歩は、1965年に亡くなっているから、1924年作の(明智小五郎が初めて登場する)探偵小説「D坂の殺人事件」は、彼が亡くなるまでの40年間あまりと、その死後の50年間とのあわせて約91年間(!)、著作権で保護される。

こう聞くと「十分に長期間だろう」と思われるかもしれないが、近々、著作権の存続期間はさらに20年間延長されることがほぼ確実なのである。実は、我が国が現在採用する死後50年間という基準は、世界中のほぼ全ての国が加盟する著作権の国際条約が定める最低レベルに過ぎない。世界にはもっと長い国も存在し、例えば、米国やEU加盟国は死後70年間、メキシコに至っては死後100年間も著作権が存続する。今回の延長は、70年組である米国やEUとの「国際調和」のためである。

具体的には、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)とEPA(日EU経済連携協定)が鍵になる。TPPでは、著作権の存続期間を死後70年間とすることが締結国に義務づけられた。米国の離脱でTPPの発効はなくなり延長は一旦宙に浮いたが、日本は、米国抜きのTPP11の発効時に延長を実現する方向である(協定上、延長は凍結されているが、日本の独自判断による)。また、別途EPA交渉においても、死後70年間とすべき旨が合意されている。結果、TPP11かEPAか、いずれかが発効した時点で延長が実現される見込みとなったのである。

ところで、一見すると、著作権の存続期間の延長は、作家や作詞家・作曲家などの著作者の権利の強化に資するものであり、それによって負担を被るのは読者や視聴者などの利用者だけ、と思われるかもしれない。しかしながら、ミクロのレベルではなくて、マクロで捉えると、著作権が長期間存続するということは、その分、著作者にとっても負担なのである。そもそも著作権というのは、著作者が生み出した個性ある「表現」の独占を国家が認めることに他ならないから、その当然の帰結として、著作権は、他者が表現する際の制約となり得る。つまり、著作権の存続期間の延長は、表現が制約される期間が延長されることでもあるのだ。

著作権の存続期間を延長する法改正の是非を争った裁判が米国には存在する。そこでは、著作権と表現の自由との関係が争点の一つとなった。問題とされたのは、著作権の存続期間を20年間延長して死後70年間とする1998年成立の法律であった(提案者にちなみソニー・ボーノ法と呼ばれる)。米国の最高裁判所は、著作権は、表現の創作に経済的な誘因を与えることを通じて自由な表現の原動力となっているとした上で、(著作権が表現の自由との緊張関係に立つことを前提にしつつ)著作権法には、表現の自由を保護する2つの調整装置が既に内在されている(①著作権による保護は表現のみに限られ、表現のもとになったアイデアや事実には及ばないという原則と、②一定の場合に著作権を制限して表現の自由利用を認める一般的な権利制限規定が存在することを指す)と述べ、ソニー・ボーノ法を憲法違反とはしなかった。

結論は結論として、この判決で示された考え方は、基本において、大いに注目に値しよう。その述べるところを若干抽象化するならつまり、著作権が、表現を制約する側面と促進する側面とを併せ持つことは不可避であるが、表現の自由の重要性に鑑みるとき、前者が後者を凌駕することのないような配慮のもと、法制度設計や法の執行・運用を行うことが求められる、ということになるだろう。

本稿執筆時点(2018年5月)で、我が国の国会では、従来よりも柔軟性のある著作権の制限規定を新設するための著作権法改正案が審議されている。この改正は、直接的には、昨今の情報通信技術の進展によって著作物の利用環境が大きく変化している中、我が国の権利制限規定は米国のそれと比べて柔軟性を欠くのではないか、とのかねてからの指摘に対応するためのものである。しかし、先のような視点で考えるならば、近々見込まれる存続期間の延長との関係でも重要な改正ということができるだろう。


※所属・職名等は当時のものです。

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