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【時の話題:著作権保護期間の延長】
保護期間延長に反対する理由

2018/06/26

  • 田中 辰雄(たなか たつお)

    慶應義塾大学経済学部教授

それは著作権保護期間が切れることで再創造、すなわちその作品をもとにした創作が自由にできることになるからです。たとえばシャーロック・ホームズを主人公にした映画・漫画・アニメ・テレビシリーズはたくさんあります。2010年に始まったBBCのテレビシリーズ、「シャーロック」はB・カンバーバッチが演じ、現代的な風味を加えた名作でした。2009年のハリウッド映画「シャーロック・ホームズ」は舞台を19世紀末に置きながらさまざまな新しいアイデアを盛り込んだアクションミステリーでした。日本で言えば宮崎駿が監督した「名探偵ホームズ」はアニメファンの間で知る人ぞ知る佳作とされています。このような作品群は、もしシャーロック・ホームズの権利保有者が許可を出さなかったり、あるいは作品内容に注文をつけたりすれば世に出なかったでしょう。

著作権保護期間が切れると、他の創作者が作品に新しい作風とアイデアを送りこみ、すでに終わった作品を蘇らせ、国民に新たな創作物を提供することができます。保護期間延長はそのような機会を国民から奪うことになります。この意味で著作権保護期間問題は多くの人に関係がある問題なのです。

では、保護期間を延長すべきという方の論拠は何でしょうか。私の見るところ論拠は2つですがいずれも論拠として弱いように思います。第一に、創作者の収入を維持し、生活を守ってこそ創作活動ができるという意見があります。著作権は創作者の利益を守るという趣旨からすると自然な着想です。しかし、保護期間は創作者の死後であり、創作者自身の守るべき生活はもうありません。創作者に遺族がいる場合もありますが、20年もすれば子供も成人します。創作者の生活を守るという理由で死後50年以上の保護期間延長が正当化されるとは思えません。

第二に、創作活動の誘因として保護期間延長が必要だという意見があります。保護期間が延びるとその分だけ遺族に入る収入は増え、それが現時点の創作者にとって励みになり、創作活動が刺激されるというわけです。しかしながら、死後50年たって収入を上げている作品はごくわずかで、保護期間を延長しても収入はほとんど増えません。私の推計では、書籍の場合で保護期間延長で得られる収益の増加率は1〜2%にとどまります(1)。 印税率で見れば10%が10.2%になる程度で、この程度の増加が刺激になり、もう1冊本を書こうと思う作家がいるとは思えません。創作の誘因としても保護期間延長はほとんど意味が無いのです。

保護期間延長の実際の推進者はこのような創作者個人ではなく、アメリカの映画会社です。有名なのはミッキーマウスの著作権を持つディズニーで、著作権保護期間が切れそうになるとロビー活動を展開します。あるいは業界団体を中心とする各種の著作権団体です。著作権団体は著作権を拡充させるのが仕事なので、役目としていわば自動的に保護期間延長を主張します。しかしながら、彼らの見解が、実際に創作活動を行う創作者個人の意見を反映しているとは限りません。実際、2008年ごろに日本で著作権保護期間延長が文化庁で議論されたとき、延長に反対する創作者個人が団体をつくって活発な反対運動を行い、延長が見送られたことがあります。創作者個人は、先人の作品を使って再創造を使う立場でもあるため、延長に反対する人がたくさん出てくるのです。

創作とは先人の成果を踏まえ、それを発展させながら行うものです。考えてみると著作権の対象ですらない昔の古典作品は多くの人によって再創造されてきました。たとえばミュージカルの「ウエストサイド物語」は「ロミオとジュリエット」を下敷きにしており、プロットだけみればパクリに近いとも言えますが、それを許したからこそニューヨークを舞台にしたいわば新しい「ロミオとジュリエット」に我々は出会うことができました。著作権保護期間が切れれば同じような再創造があちこちで起きるでしょう。再創造によって古典作品は貶められることはなかったし、むしろ世界中の多くの人に親しまれ、文化の発展に資してきました。古典作品も現在の作品も同じであり、創作物は一定期間を過ぎれば人類共通の財産とし、皆で利用して次の創造の糧にしていったほうがよいのではないか。その方が、豊かな文化を育むことになるのではないか。保護期間延長に反対する理由はこの点にあります。

(1)田中辰雄・林紘一郎、2008、『著作権保護期間—延長は文化を振興するか?』、勁草書房、73頁参照


※所属・職名等は当時のものです。

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