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【時の話題:カタルーニャ独立運動】
カタルーニャ危機とバスク地方

2018/04/01

  • アロツ・アインゲル

    慶應義塾大学総合政策学部訪問講師

昨年2017年10月1日、カタルーニャで独立住民投票が実施され、2010年から続いているカタルーニャ危機は新たな展開を見せた。その日のニュースはスペイン中央政府の反対にもかかわらず投票する住民、また、投票所を制圧し、投票箱と投票用紙を接収する警察の映像で世界中の多くの視聴者を驚かせ、そしてそれ以降にも、プッチダモン前州首相のベルギー脱出、自治政府幹部や独立派の活動家の拘束、中央政府によるカタルーニャ州自治権の停止、州議会での独立宣言の可決など、相次ぐ重大な出来事が欧州内外で大きな波紋を呼んできた。

スペイン国内では、こうした事態に対してもっとも懸念を抱いた地域はおそらくバスク地方であった。バスクは、カタルーニャと同様に固有の言語と民族アイデンティティを持ち、スペインの自治州体制の中で高度な自治権を有し、また、19世紀に遡る独立運動を生み出している。

さて、バスク社会はカタルーニャ危機に対してどう反応しているだろうか? ここではこうした問いに対して網羅的な解答を挙げることができないが、スペイン国内外のメディアが昨年10月からバスクの状況をどう語ってきたかを述べ、そしてメディアの言説に必ずしも合致しない、最近のバスク政治界の動きについて考えたい。

昨年の秋にカタルーニャ情勢が深刻化してからは、スペインで広く読まれている日刊紙エル・パイスや米紙ニューヨークタイムズをはじめ、バスクの州営のテレビ局などを含め多くのメディアが、バスクの現状がカタルーニャと大いに違うことに重点を置いた報道を行った。

実際、バスクとカタルーニャは19世紀の工業化および地域ナショナリズムの誕生から、フランコ独裁制下の抑圧や1975年以降の民主化と自治権の復権を経て、現在に至るまで極めて類似的な道筋を辿ってきたと言える。ところが、これらのメディアが強調しているように、カタルーニャとバスクを区別する重要な特徴も存在する。

1つはバスクではカタルーニャと違い、徴税権が国ではなく自治州にあり、財政上は後者より高度な自治権が認められている。これは、バスクにはカタルーニャほど独立のための経済的動機がないことと繋がるとされる。また、バスク社会はテロ組織ETAが2011年に休戦を宣言するまで、50年にわたり武装闘争を経験している。その結果、現代バスク社会は独立を目指して新たな試みへ飛びつくより、過去の傷を癒し、長い紛争の後の平和を築くことへの関心の方が高いとされる。

こうして、メディアではカタルーニャ危機から大きな影響を受けず、慎重なバスク社会の姿が描かれてきた。ところで、その姿はどの程度、現在のバスクの政治状況を忠実に捉えているだろうか?

実際、カタルーニャでの独立をめぐる住民投票の時期に行われた世論調査では、大多数のバスク人がカタルーニャの独立運動に共感を示しつつも、バスクのためには独立よりも、むしろより高い自治度を望んでいることが明確であり、また、バスク州政府自体も、そして現在政権を担っているバスク民族主義党(PNV)も、当時カタルーニャ問題について穏健な態度を躊躇なく表すよう努めた。

しかし、最近になって、前述のような姿勢と異なる動きも目立つ。その意味では、昨年に州議会で設立され、今年の10月にバスクの新たな政治的地位のための草案を提示する予定である「自治をめぐる委員会」での議論が特に重要であると考えられる。なぜならば、州議会を構成する各政党の代表によって構成されているこの委員会では、州選挙で投票数の7割以上を所得した3つの政党は(PNV、分離独立派左翼政党EH-Bildu、スペイン左翼政党Podemos のバスク支部政党)、バスクの民族自決権を擁護する意向を示しているからである。その自決権の要求が具体的にどう実現するかについて未確定の点が多くあるにもかかわらず、結果的には独立の可否をめぐる住民投票の実施と繋がる可能性は否定できない。与党のPNVがカタルーニャ危機の深刻化当時、慎重な姿勢を示していたのと対照的に、バスクの自決権を明快に主張していることは広く関心を集めている。

さらに、2014年に民族自決権を求める10万人以上の参加者を集め、長さ123キロの「人間の鎖」を作るイベントを開催した草の根団体「Gureesku dago」(私たちの手にある) は、今年6月にバスク自治州の3つの県庁所在地の都市を繋げる新たな「人間の鎖」活動を呼びかけており、大勢の住民の参加が予想される。

2018年がカタルーニャ危機に次いで、「バスク危機」の年となることは考え難いが、カタルーニャの事態の影響を受けつつ、自らの道を歩んでいく今後のバスクの進展に注目が必要である。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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