三田評論ONLINE

【時の話題:カタルーニャ独立運動】
大学はどう受け止めたか

2018/04/01

  • 福田 牧子(ふくだ まきこ)

    バルセロナ自治大学翻訳通訳学部講師・塾員

昨年10月1日、独立の賛否を問う投票日当日。普段通り家族で近所に朝食を取りに出かけたが、バルセロナ上空は朝からヘリコプターが飛び交っており、物々しい雰囲気だった。治安警察だ。投票を「違法」とする中央政府は国家警察や治安警察をカタルーニャに投入し、投票に関わるすべての動きを厳しく取り締まっていたのだ。夫は今回の投票に行くかどうか迷っていた様子であったが、中央政府の理不尽な態度に業を煮やし、「こんな国の一部であるのが恥ずかしい」、と投票所へと向かった。投票所には長蛇の列。夫と同じような考えを持って投票に踏み切った人々も多かったようだ。

大学は、今回の一連の独立を支持する運動が最も活発に展開された舞台の1つとなった。‘Buidem les aules,omplim els carrers’(「教室を空にして、通りを一杯にしよう」)というスローガンのもと、学生シンジケートやUniversitats per la República(共和国のための大学)と呼ばれる、住民投票要求運動における大学の役割を主張する新しい組織が中心となり、カタルーニャ主要都市でデモや大規模なストライキが決行された。バルセロナは町の中心部に位置するバルセロナ大学がその舞台となり、10月1日以前は独立をめぐる住民投票の支持、そして中央政府による憲法155条(自治権停止)適用後はそれに対する反対および勾留された独立運動中心人物の解放を求め、文字通り大学前の大通りは学生で埋め尽くされた(ちなみに大規模なデモのあった9月20日は、奇しくもユニクロのスペイン1号店がオープンした日であり、事情を知らない一部の人々はこの騒ぎをユニクロ入店の行列と勘違いしたかもしれない)。

私が勤務するバルセロナ自治大学の翻訳通訳学部は、同大学の中でも「大人しい」部類に属する。他学部の学生は、様々な理由でストライキを起こし、器物破損、大学構内立てこもり、電車の線路や一般道の通行止めなど派手な行動に出ていた。通常騒動を起こさない我々の学部にも、今回の独立支持運動は大きな影響を及ぼした。デモやストライキにより、授業は何度か休講にせざるを得ず、デモ隊に電車を止められて大学にたどり着くことすらできない日もあった。学生主導のストライキの日は、学部の入り口はコンテナでバリケードが築かれ、人っ子一人いない。大学全体でも学内でのあらゆる活動を15分間停止し、教員・職員・学生が各学部の建物前に集結して中央政府のやり方に激しく反対を表明した。研究室の並ぶ廊下にはDemocràcia(民主主義)、Llibertat presos polítics(「拘留されている政治家を解放せよ」)と書かれたポスターや、拘束された州政府関係者らのサポートを表明するポスターやシンボルなどが貼られている。学内の壁には落書き(この場合は落書きとは言わず「メッセージ」とでも言うのであろう)も見られた。特に我々の学部では、現在マドリッドに勾留中のウリオル・ジュンケラス元自治州副首相がかつて同僚として教鞭をとっていたので、決して他人事ではない。数年前、私の担当する授業の前のコマで、毎回時間延長を気にせずのんびりと教室から出て来ていた彼の姿を思い出すと切ない。

大学がこれほどまでに独立運動の主要な場面の1つとなったのは、大学教育・学術界の将来に対する不安と不満の表れでもある。中央政府による教育予算の大幅な削減は大学の予算を圧迫し、その結果教員の削減や授業料の大幅な引き上げなど、教員・学生双方に大打撃を与え続けている。常勤のポストも何年にもわたって募集されないまま放置されてきた。こうした中央政府の政策に対する大学関係者の長年にわたって蓄積された不満、そして不信感が限界に達し、「独立」を支持するという極論にすら見える手段に辿り着いたのだろう。事実、リェイダ大学を除くカタルーニャのすべての公立大学が独立への住民投票への支持を表明した。しかし、仮に独立したとしても、その先は不透明で不安材料が多いのも事実だ。中央政府やヨーロッパから受けていた研究資金は断たれるであろうし、さらなる財政難による大学教育の混乱は想像に難くない。こうした不安やリスクを抱えたとしても独立を支持するという強固な姿勢を支えるものは何なのか。「独立」──新しいカタルーニャ共和国の建国は、中央政府に対する積年の不満を解消し得る一縷の希望なのだろう。つまりある種の「賭け」なのだ。

独立支持の立場をとる人々は、必ずしも独立そのものを支持しているわけではない。当初独立に反対あるいは無関心だった人々が、独裁政権時代を思い起こさせるような中央政府のやり方に怒り、不満を持ち、「独立支持」へと結びついたという具合だ。

最後に、カタルーニャ自治州独立に関する一連の動きは日本でも報道されているが、メディアによってはかなり一方的であったり、表面的な内容に留まっていることは否めない。問題の本質を正しく伝えることを切に願いたい。



※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事