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【時の話題:カタルーニャ独立運動】
カタルーニャ「独立問題」をどうみるか

2018/04/01

  • 八嶋 由香利(やしま ゆかり)

    慶應義塾大学経済学部教授

スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットはかつて、「カタルーニャ問題は解決できない。うまくつき合っていくしかないのだ」と述べた。その予言が当たったのかどうか、今カタルーニャで地域ナショナリズム(カタルーニャ主義)が再燃し、昨年秋にはついにスペインからの「独立」を宣言するに至った。ここでは、21世紀に入り、なぜカタルーニャで地域ナショナリズムが高揚・急進化しているのかを、その底流にある長期的な社会変化に着目して考えてみたい。

第1の変化として、経済・社会の急速なグローバル化をあげることができる。そのひとつが、移民の流入である。スペインはかつての移民「送り出し国」から「受け入れ国」へと変貌し、21世紀以降世界各地からの移民が急増した。最も多く受け入れたのがカタルーニャである。経済発展には必要な労働力であるが、様々な社会・文化的問題も惹き起こす。特に懸念されたのが、言語の問題である。カタルーニャ州では固有の言語(カタルーニャ語)が公用語とされているが、近年、カタルーニャ語に比べてスペイン語話者の割合が増加している。スペイン語を母語とするラテンアメリカからの移民が増え、また英語に次ぐ国際語としてスペイン語を習得・使用する傾向が強まっているからだ。国際的な人の移動は、これまで州政府が実施してきた「カタルーニャ語漬け」と呼ばれる言語教育モデルを揺るがしている。一方、マドリードの中央政府は経済のグローバル化のなかで、国や都市の競争力を高めるために、スペイン語運用能力の向上を主張する。「言語戦争」ともいえるこの2つの言語のせめぎ合いは、カタルーニャ主義者の危機感を高めている。

グローバル化の波のふたつめは「脱工業化」である。19世紀にカタルーニャは「スペインの工場」とよばれ、綿産業の発展で繁栄した。経済力を背景に、固有の文化を復興する運動が広がった。これがカタルーニャ主義の源流である。しかし産業の中心が工業から金融・サービス業にシフトする過程で、首都マドリードが政治力だけでなく経済力(金融力)もつけはじめている。国際競争力の強化には、空港や港、鉄道、道路などのインフラの整備が欠かせない。しかしカタルーニャ住民の中には、国に納めた税金に比して、公共投資など国から地元への還元が少ないという不公平感がくすぶっている。

さらに、カタルーニャ人の経済的な不満は、2008年のリーマン・ショック後に一気に強まる。スペインは1990年代以降長期の好景気に沸いた。ユーロ圏の成立によって、低金利の外国資本が流入し、地中海に面する観光資源や産業に恵まれたカタルーニャでは、バブルの恩恵も大きかった。しかしその反面、破たん後の爪痕も深かった。1人当たりの財政赤字負担額は、全国平均の倍近い。グローバル化が生み出すこうした社会・経済的変化に対する「リアクション」として、「新しいカタルーニャ主義」の構築を訴えたのがアルトゥール・マス元州首相である。彼は、カタルーニャの将来を決定するのはカタルーニャ人自身であると「自決権」をうたい、一種ポピュリスト的な手法で独立の賛否を問う住民投票を実施した。彼の下でカタルーニャは「自治」から「独立」へと大きく舵を切ったのである。

第2の長期的変化として、世代交代をあげたい。1978年に成立したスペイン憲法には、2つの異なる国家観(統一的vs 多元的国家観)が微妙なバランスの上に併存している。憲法の下で、対立を回避し長期の政治的安定を可能にしたのが「和解の精神」であった。これは再び内戦や独裁体制を繰り返したくないという、スペイン人の強い思いの表れであった。しかし、憲法制定から40年が過ぎ、内戦も独裁も知らない世代が社会の多数を占めるようになった。「和解の精神」も希薄化し、政治的バランスが崩れ始めたようだ。

長らく民主化をリードした中道左派勢力が衰退し、代わって「スペインだけが唯一のネイション」をスローガンに掲げる、中道右派の国民党が台頭してきた。これが「多元的スペイン」(スペインは複数のネイションから成ると考える立場)を求めるカタルーニャ主義者の目には「脅威」と映るのだ。従来、右派スペイン・ナショナリズムはフランコ独裁と同一視されてきたため、これに対する一種のアレルギーがあった。しかし、世代交代によってそれも薄らいでいる。むしろ、カタルーニャの独立問題に刺激されて、スペイン・ナショナリズムは「民主的なスペイン憲法擁護」の主張と結びつきながら、再びその勢力を強めている。

カタルーニャが「独立」を宣言した後、中央政府はカタルーニャの自治を停止した。独立問題は、カタルーニャとスペインの他地域間の溝を広げ、カタルーニャ内部にも独立賛成と反対の亀裂を生みだした。残念なことに、自治回復の見通しも立たず、亀裂修復へ向けての動きもまだ見えてこない。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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