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【時の話題:コスプレ文化】
写真家からみたコスプレ文化

2018/02/01

  • 大村 祐里子(おおむら ゆりこ)

    写真家・塾員

「コスプレ」とは、漫画・アニメ・ゲームなどの登場人物やキャラクターに扮する行為を指す。

この「コスプレ」は「写真」と密接な関係にある。コスプレを行う人を「コスプレイヤー」と呼ぶが、コスプレイヤーの活動は基本的に、キャラクターに扮して、その姿を写真におさめて初めて完結する。コスプレ写真こそが、彼らの活動の証なのだ。今回は、コスプレイヤーを撮影したことがある私が写真を通じて感じとった「コスプレ文化」について書いてみたいと思う。

コスプレイヤーは、一般社会では驚くほど普通の人であることが多い。学生だったりOLだったり、特に目立つような存在ではないことが大半だ。

ところが、コスプレイヤーとしての活動をしている時の彼らは別人だ。あの地味な人のどこにこんなパワーが隠されていたのだろうと目を見張るくらい、大胆なポージングをしたり、生き生きとしたコミュニケーション力を発揮することがある。

彼らに聞いてみると「コスプレをしていると違う自分になれる」のだそうだ。キャラクターになりきる楽しさも勿論あるが、強めのメイクやカラーコンタクトやウィッグや衣装が、自分をまったく別人にしてくれる感覚があり、そこが快感になっている人が多いようだ。こういった「変身願望」の強い人ほど、コスプレの世界にのめりこんでいく傾向にある。

さて、少し写真的な視点に戻りコスプレを考えてみたい。先ほども書いたが、コスプレは「する」だけではなく「撮って」完結する。写真をSNSで公開するのか、プライベートで楽しむだけなのかは人それぞれだが、自分の姿を他人に撮ってもらっている点はほとんどのコスプレイヤーに共通している。

コスプレ写真は人物が写っているので、ポートレートの1ジャンルであることは間違いない。しかし、コスプレ写真では、被写体の人間味が全面に出たものは好まれない。CGのような非現実的な写真が圧倒的に好まれる。こだわりぬいたロケーション、ストロボを多用したドラマティックなライティング、レタッチによって作られるツルツルのお肌が特徴的だ。ポートレートではその人らしさを捉えるべき、と思っていた私にとってコスプレ写真の出 現は衝撃的なものだった。ただ、先ほどの「コスプレをしていると違う自分になれる」という彼らの言葉を思い出すと納得できる。写真面でも、彼らは非現実感を求めているのだと思う。

とすると、そういう写真が撮れるカメラマンが重宝されるのは当然の流れだ。カメラマンとコスプレイヤーが交流する場は、基本的にはコスプレイベントの会場だ。最も有名なイベントは「コミックマーケット」(通称:コミケ)。コミケそのものは同人誌即売会だが、会場内の広場で、カメラマン達がコスプレイヤーを撮影するのがお決まりの行事となっている。広場では、コスプレイヤーをカメラマン達が囲んでシャッターを切る。有名なコスプレヤー になるほど、周囲に人だかりができる。カメラマンは後日、SNSなどを通じて撮影した写真をコスプレイヤーに渡す。コスプレイヤーは常に自分好みの写真を撮ってくれるカメラマンを探しているので、「好まれるコスプレ写真」を撮れるカメラマンは、コスプレイヤーからたちまち認知され、さらにカメラマン達からも一目置かれるようになり、撮影会場で優遇される存在となる。逆に、認知されていないカメラマンは、会場で思うように撮影できかったり、不遇な目にあうことがある。このカメラマンのピラミッド構造は、コスプレ文化の大きな特徴だと思う。

一部のコスプレイヤーは好みの写真を撮ってくれるカメラマンと組んで「同人サークル」を結成することもある。同人サークルとは、コスプレ写真をおさめた写真集やCD ‒ ROMなどの創作を目的とする集まりのことだ。彼らは、制作した写真集やCD ‒ ROMをコミケや、その他のコスプレ系イベントで販売する。サークルの制作物の中にはクオリティの高い作品もたくさんある。コスプレ写真が生んだ新しい撮影技術、機材は多数あり、写真業界の発展の中で「コスプレ撮影」は決して無視できない存在となっている。

写真技術の向上を目的としたり、単純なファン心理でコスプレイヤーを撮影するカメラマンもいるのだが、大抵のカメラマンは皆「コスプレイヤーに認知されたい」と望んでいるように思う。コスプレイヤーに認知された結果、付き合ったり結婚したりすることは多々あるので、カメラマン達は大なり小なりそこに憧れる気持ちを持っているように見える。先ほどのコスプレイヤーの心理に近いが、カメラマンも「コスプレを撮影すると違う自分になれる」と思い描いているのではないか。

以上が、私が写真を通じて感じとった「コスプレ文化」だ。「コスプレ」というものは、コスプレイヤーとカメラマンを、違う自分に変えてくれるもの、なのだと思う。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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