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【時の話題:ビットコイン】
ブロックチェーン技術は歴史を変えるか

2017/12/01

  • 斉藤 賢爾(さいとう けんじ)

    慶應義塾大学環境情報学部非常勤講師・塾員

「ブロックチェーン」と呼ばれる技術が話題に上るとき、夢のような期待ばかりが語られることが多い。本当のところはどうなのだろうか。

ブロックチェーンは、デジタル通貨ビットコインの実現のために作られた台帳技術であり、①記録の内容や存在を誰にも否定できないように保存・維持し、②その正当性を誰もが確認でき、③正当な記録が投入されることを誰にも止めさせないことを目指している。

すなわち、「資産(の記録)について、中央ではなくエンド(端点としてのユーザ)が全権を持てる」ことを狙っており、インターネットの非中央集権の哲学を資産の制御において具現化するものだと言える。ブロックチェーンを「インターネットに次ぐ発明」と評するような声も聞こえるが、このような意味で、ブロックチェーンはむしろ「インターネットを補完する意図を持つもの」だと言えるだろう。

さて、記録の「内容の否定」と「存在の否定」は技術的には分けて考える必要がある。内容の否定については、デジタル署名によって不可能にできる。記録にデジタル署名が付いていれば、改ざんされた場合にそうだと分かるからだ。ところが、存在についてはそう簡単ではない。記録自体を消されることが存在の否定なのだから、デジタル署名だけでは解けない。

そこでブロックチェーンでは、言わば「記録を新聞に載せる」ことをする。周知の事実として確定させるのだ。もちろん、実際の新聞に載せてしまうと、新聞社によって記事が掲載拒否されたり、新聞自体が廃刊になったりすることで「誰かによって止められる」事態の発生は免れない。そこで、参加者の自律分散的動作によってあたかも同じ新聞を見ているかのようなイメージを共有することになる。このとき使われるのが「作業証明」である。

作業証明とは、一般に、課せられた作業を実際に行ったという証拠を残さない限り、次の過程に進めないことを示す。サービスを利用する前にコストを払うというハードルを設けることで、不正を抑止するというアイデアだ。それを記録の保存・維持について適用すると、課せられた作業を行わなければ記録が保存されないことになる。同時に、同じだけの作業をしなければ記録を覆せないことにもなるのだから、改ざんに対して強くなる。

この作業はマイナー(「採掘者」)たちが行うので「掘る」と言ったり、「パズルを解く」などと評する向きもあるが、実は純粋に確率の問題なので、むしろ正確には「くじ引き」と呼ぶべきだろう。くじ引きなので、インテリジェンスは必要ない。ブロックチェーンは「改ざん不可能」などと言われることもあるのだが、短い間に莫大な回数のくじ引きをこなすことができれば、すなわち、大きなコストさえ払えば、能力によらず誰でも改ざんできる。

そうしたことも含め、現状のブロックチェーンには、多くの技術的な課題がある。確率的に動作するのだから実時間で進む私たちの生活と必ずしも同じテンポで進まないし、参加する全マイナーたちが基本的には同じ処理をするので負荷が分散せず、規模の拡大に耐えられない。新しい技術を採用しようとすると記録上の歴史が分岐してしまうので実地で試せないし、となると技術の危殆化に弱いことになる。そしてマイナーたちが莫大なくじ引きのコストを払ってまでしてシステムの改ざん耐性を保っているのは、ビットコインといった通貨で報酬を得られるからなので、通貨が暴落し、くじ引きのコストが払えなくなるとマイナーは撤退せざるを得なくなる。すると改ざんに対する強さは損なわれてしまう。

これらの課題に対し、プライベートな台帳を作る技術で対処しようとする試みは多い。特定の参加者からなるネットワークなら課題は単純になるからだ。しかし、それでは「新聞」に対し「社内報」に記録を載せているようなものなので、証拠能力が低くなる。社内の誰かにより記録を後から変えられてしまうのではないか、という疑いがついて回るのだ。

本稿の題名に立ち返って考えると、むしろ「如何に変えられない歴史を刻めるか」という問いこそがこの技術の焦点だと言えるだろう。社会基盤が様々な局面で自動化していく中で、AIによってさえ覆せない記録を維持できることの意義は大きい。

筆者らは最近、「BBc-1(ビヨンドブロックチェーン・ワン)」と名づけた技術を公開した。これは言わば「社内報」に記録を残す場合でも「社内報」同士が互いに内容を秘匿したまま連結することで十分に高い証拠能力を持てるように設計したものだ。これに限らず、今後は他にも多くのチャレンジがなされ、ブロックチェーンでできるとされていることが実際にできるようになり、社会の信用基盤の自動化が本格的に進むことに期待する。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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