【三人閑談】
カウンター越しに見る風景
2024/11/25
カウンターの敷居は高い?
志村 ただ、新規のお客様を取り入れることばかりに力を注ぎすぎて、お店の本質が変わってはいけないと思うんです。僕自身、バーにしても、寿司屋にしても、やはりカウンターに憧れがあって。特に僕の世代の昭和生まれにとっては、カウンターというのは一流の大人が行く店だ、みたいなイメージがあります。
そこでお馴染みになって、「よっ」「毎度!」でスッと座って、「いつもの」みたいにできると、かっこいいですよね。その憧れや、いい意味での敷居の高さみたいなものは持っておくべきだと思うんです。
原田さんのところはやはり、一見の方より、ご紹介のお客様が来る感じですか。
原田 そうですね。最初は雑誌などを見て、来てくださる方が多かったのですが、最近はご紹介の方が多いです。ただ、和食ってどうしても、店構えなどで、お客様が緊張しがちなので、それは「KOMB」ではあまりやりたくないなと。やっぱりご飯を食べる時には、リラックスした状態で食べてほしい。その意味での敷居は低くしようとしています。
ただ、志村さんがおっしゃったとおり、敷居を極端に下げたいというのではなく、いい意味で、敷居の高さは保っておきたいですね。
兼光 例えばお料理教室で教えた方が、次はお客様としてお店にいらっしゃるケースもあるのでしょうか。
原田 もちろんあります。どちらも使う方もいらっしゃいます。最近は、海外の方も多いのですが、お友達に宣伝してくれることも多く、助かっています。日本の文化や食に興味があり、探究心のある方がいらっしゃると、こちらも料理することがさらに楽しくなります。
兼光 どうしても一定の敷居というのはありますよね。もちろん看板やSNSでの集客で、入りやすいと伝えることも自分としては大事だと思うのですが、敷居は高いけれども、入った時の居心地の良さというものをいかに感じてもらえるかが重要ではないかと思います。ですから、敷居があるというのは、いいことなのかなと。
志村 敷居があるからこそ、得られるものもありますよね。
兼光 はい。それに自分のお店はビルの4階なので、場所は入りにくい。そこもある意味、敷居の1つだと思うんですが、ドアを開けた瞬間から別世界が始まるような感じをお客様には味わってもらいたい。それは強く思っています。
海外のお客様との触れ合い
兼光 最近は海外からのお客様も増えましたよね。志村さんのお店など、特に増えているのではないかと思うのですが。
志村 お蔭様で、天ぷらは海外のお客様からの人気も高く、多くの方々に来ていただけています。海外のお客様と日本のお客様でメニューを変えているところもあるようですが、うちは別にそんなことはしていなくて、英訳したメニューを出しているだけです。みなさんおいしそうに召し上がってくださいますね。
みなさん、共通しているのは、シズル感(食欲をかき立てる感覚)やライブ感を味わいたくてカウンターに座りたがる、というところですね。目の前で調理が進んでいくところを見たい方が多く、天ぷらを揚げる場面とか、板前の包丁さばきなどを熱心に撮っている人もいます。
原田 ライブ感を求めて来てくださった方は、それを楽しんで帰ってくれますね。例えば秋だから、キノコが食べられるという期待感を持って来てくださったお客様に、私がキノコ狩りをしたお話をすると、とても興味を示されます。それは日本人でも、海外の方でも同じですね。
特に和食は、日本人にとっての常識的な知識があることが前提で、メニューを組み立てていることがあります。なぜ今日はこの料理を出しているのかなど、海外の方にわかりにくい点については、情報を補足して料理を提供します。
兼光 赤坂はやはり外国人の方がすごく多い。お店は4階なので、入りにくいのではないかと思うのですが、看板を見てパッと入ってきてくれる方も多いですね。
1つ心がけているのは、やはり観光で来ている方が多いので、「このお店に行ったらあれがあった」みたいなハイライトを作ることが大事だと思っています。それがお酒や商品でできたらいいのですが、そこは取り組み中で、今は私のマジックがそのハイライトになってしまっています(笑)。とにかく何らかの形でハイライトを残してあげると、お客様の満足度は高まるのではないかとは思っています。
志村 注文される飲み物は、日本人と違いがありますか。
兼光 国による違いもあるとは思いますが、やはりカクテルを頼まれる方が多いですね。日本人が頼まないような、ウイスキーベースのカクテルなどが人気です。
色々な外国人の方からよくオーダーを受けているお蔭で、こういうものを頼まれるなと大体予想がつきます。カクテルを頼む人は結構強いものを飲んで、1、2杯で帰る方が多かったり、逆にカジュアルな飲み物を飲む方は、何杯も飲んで、長時間お店に滞在していただけたり、そういう傾向はあると思います。
カウンターにおけるコミュニケーション術
志村 日本人でも海外の方でも、やはりカウンターで重要なのはコミュニケーション能力だと思うんです。お客様が10人いれば十人十色ですので、それぞれに合わせて対応しないといけない。
原田 それが難しいのですが、醍醐味でもありますよね。
志村 経験を積むと、最初に座った瞬間の感じとか、オーダーの取り方やお酒の注文の仕方で、この人はどういう人なのか、なんとなくわかってくる。それが面白い。
兼光 こればかりは対面でないと培えないものですね。
志村 うちも店舗数が多いので、職人も何十人もいるんですが、彼らと社内研修で話したりすると、「どうすればお客様と話せますか?」といった質問が出ます。
会話のきっかけは、ちょっとしたことで始まると思います。「今日の季節のものは何」とか、「このエビはどこから入った」とか、よく知っていることは自信をもって話せるじゃないですか。そういう引き出しはいくつか持っておくべきだと思います。
原田 一番、聞かれることですよね。
志村 例えばうちはゴマ油を使っているので、ゴマ油がどうやって作られるのか、今日おすすめの日本酒はどこの何で、どんな天ぷらと合うかなど、商品やメニューに関することから、うまく会話が回っていくと思いますね。
兼光 引き出しを常にいくつか持ちつつ、実践で経験も積んでいく感じですね。
志村 もちろん、常に話す必要はないと思います。こちらがずっとしゃべっていると「この職人、うるさいな」と思う人もいるかもしれない。その辺は、どちらも人間ですから、相性があるので、すべての人に気に入られなくてもいいと思うんです。
有り難いことに、お客様の中には、「〇〇さんが好き」と、職人を指名してくださる方もいらっしゃいます。それはすごく重要なことだと思っていて、「つな八」のブランド、暖簾の中で美味しい天ぷらを食べてもらい、なおかつ好きな職人がいれば、二重三重にお店との信頼関係が持てますよね。
だからお店のみんなにも、常連さんに「また来るよ」と言ってもらえるような仕事をしなさいと言っています。こういった常連さんの存在は、職人の自信にもなるんです。若い職人が、「社長、この間もわざわざ来てくれましたよ」と、嬉しそうに報告してくれるんですね。その、ちょっとした自信がきっかけで、2人目、3人目、4人目の常連さんが付いてくれるかもしれない。
その人がお店を異動になると、お客様も異動したお店に足を運んでくれることもあって。それはすごく有り難いことですよね。
原田 私もなるべくお客様がどういう雰囲気を持っているか、どのくらいのコミュニケーションを欲しているのかについては、常に気にしています。営業が始まる前に、スタッフと各お客様の情報共有をしっかりします。例えば会社などの接待の場合は、こちらから話しかけるのは最小限にし、商談が和やかに進むことに重きを置きます。
引き出しを増やすという意味では、使っている食材の産地へ足を運ぶようにしてます。そうすると、やはり話のディテールが違ってくるんですよね。お客様も喜んでくださって、「また今年も食べられたね」とか「あの生産者さん、元気なの?」という会話も生まれます。
スタッフにもなるべく同行してもらうのですが、そうするとスタッフも、より心を込めて料理の説明ができ、そこからお客様との会話が広がります。
兼光 色々なことをきっかけに、コミュニケーションが生まれるのですね。
原田 そうですね。とにかくきっかけを作ることができれば、スムーズに、自然と会話ができるのではないかと思います。無理に話しかけようとすると、どうしても不自然になって、すぐに途切れてしまう。
予約の段階でメールアドレスが会社名だったら、その会社を調べることもあります。もちろんそれは言いませんが、ある程度、先方のお仕事の情報が頭に入っていると、奥のほうで聞こえてくる会話がなんとなく理解できて、自分が会話に加われるきっかけになったりします。
兼光 大前提としては、お客様が何を求めているかをまず考え、お客様とコミュニケーションをとりたいと考えています。
もちろん、コミュニケーションをとらずに、お酒や料理を楽しんでいただくだけでも、70点ぐらいの満足度は感じられると思うんです。でもそれだと、いいお店だったね、で終わって、また行こうとはならないケースも多い。
だったら、たとえ少々うるさいと思われても、コミュニケーションを深くとるようにしています。もしかしたらマイナスになってしまうかもしれませんが、それでもある意味勇気をもってやったほうが、自分の業態としてはいいのではないかと思います。
志村 少しでも印象に残ったお店の方が、また来てくれるかもしれませんからね。あまり話すのが得意ではないとのことでしたが、バーテンダーとしての話術は努力によって身に付くようなものなのでしょうか。
兼光 人は、お酒をいただくと、気が楽になってしゃべりやすいということもありますね。そういうお酒の場で、お客様が何を言ったら楽しいかなとか、そういうことを考えてしゃべるようにしています。
ただ、口下手ってデメリットに思われがちなんですが、意外とそうでもないんです。むしろキャラクターとして受け止めてもらえることもあって。それで場が盛り上がることもありますね。
原田 むしろ自分の武器にしてしまう。
兼光 あと、昔は特に、困った時にはマジックに頼ることもありました。今でもホームページやSNSで匂わせているので、お客様の方から、「ここってマジックとかあるんですか」と話しかけられることもあります。そういう意味では、マジックも自分の武器の1つですね。
カウンター文化を伝えるために
志村 敷居の高さにも通じますが、カウンターという空間は、やはり「ハレ」の舞台みたいなところがあると思います。
カウンターに来ていただける理由というのは、やはり目の前で繰り広げられる色々な料理にまつわることだったり、板前やオーナーの人柄だったり、原田さんの言葉を借りれば、1つのストーリーをお店側とお客様で作り上げて、全体で盛り上がれることにある。
カウンターというのは、その中にいる板前や職人が、今日はどういうふうにお客様をもてなそうか、というところに神経を注いで、お客様も、それだけのことをしてくれているんだと感じられると、「今日は来てよかった」と思ってくれる。そんな流れをうまく作り上げた瞬間が、醍醐味といえる時間ですね。
原田 それはすごくわかります。やはり味だけではなく、記憶であったり、その時の気分だったり、すべてが最高潮になった時に「ああ、美味しいなあ」となると思うんです。なので、お客様とお互いのテンションがバチッと合って接客ができた時はすごく嬉しい。
もちろんお店は特別な空間であってほしいと思いますが、同時に家にいるような心地よさも感じてほしい。そのために、接客での態度や言葉遣い、表情、空気感をとても大切にしています。そこでリラックスしたお客様が、KOMBを体験して「ああ懐かしいなあ」とか、「こんなの初めて!」といった、記憶を呼び起こしたり新しい記憶を渡せたらと思います。
兼光 はまった瞬間と言えばいいのでしょうか。私もそれを感じられる時があって、それはお客様に2回目にお店に来てもらえた時です。「前回、楽しんでもらえたんだな」と思えるんです。
カウンターで接客している時は、ただお客様が優しいから笑っているだけじゃないかなとか、心配になってしまうんですが、再び来店してもらった時は、楽しんでもらえたんだな、と実感できますね。
志村 やはり1人でも多くの方々にカウンターの良さを知ってもらいたい、そのために、今後も憧れをお客様に抱かれるようなカウンター文化を発信していきたいですね。
僕の妻の叔父が作家の村松友視さんなのですが、昔彼がサントリーオールドのCMに出た時、バーカウンターに座っている映像に合わせて、ワンフィンガーで飲(や)るもよし、ツーフィンガーで飲(や)るもよし、という宣伝文(ナレーション)が流れたんです。あれはすごくかっこいいと今でも思います。敷居は高いかもしれないけれど、それを越えた時に得られる快感もあると思うんです。
例えば殿方がご婦人を口説く時、話題のフレンチレストランに行くのもいいかもしれませんが、カウンターで蘊蓄を語ったり、カウンターでの嗜みを披露したりすると、ちょっと株が上がると思うんですね。そんなことも含めて、カウンターって、それだけその人の人間性みたいなものが出てしまう場だと思うんです。
それは料理があって、中に板前がいて、雰囲気があることが、総合的にそうさせていると思うんですよ。色々なシチュエーションで、カウンター文化を使いこなしてもらえれば、すごくいいかなと思います。
原田 こんなにウーバーイーツなどが普及して、美味しいものが手軽に届く時代。そうした時に、カウンターに行く理由とは、人と会って、一緒に楽しく美味しい時間を過ごすこと。その時、そこでしか味わえない香りや料理、その先のストーリーを体験することが、カウンターの醍醐味なのではないでしょうか。今後もっと、需要が増えていくと思いますし、「KOMB」でもそうした空間を提供していきたいと思います。
兼光 これからは無人のご飯屋さんとかも増えていきそうですよね。そういう効率のいいご飯の食べ方やお酒の飲み方もある中で、カウンターにしかないものを大切にしていきたいですね。そのためにも、今まで以上にお店独自の個性といったものを出していかないと生き残っていけないと思います。ぜひそういうお店になれるよう頑張りたいです。
(2024年9月24日、三田キャンパス内で収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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