【三人閑談】
カウンター越しに見る風景
2024/11/25
空間を作る際の工夫
原田 ただ、お客様の目の前で作る、ということは裏を返せばすべてを見られてしまう、ということでもあるんですよね。
志村 そう。カウンターも含めて、裏側まで、全部お客様の目に入ってしまいます。例えば包丁や、取り皿の置き方1つでも、お客様の印象が大きく変わってしまう。そういった点も含めて、空間作りというのはすごく大事です。
若い頃、祖父に「久弥、カウンターは歌舞伎やお能の舞台だからな」と言われたことがあります。職人は歌舞伎の役者と同じだよと。常に演じているんだから、ちゃんと佇まいを正せと。今でもよく覚えています。
兼光 それくらいの心積もりでいろ、ということですね。
志村 特に、うちだと職人は白衣を着ているので、汚れが飛ぶと目立ってしまう。だからこそ、清潔感を保って、佇まいをしっかりしなければいけないんですね。
職人自身の動きも含めて、1つの演目を演じる舞台だと思いますね。すべてがお客様に見られていて、舞台裏の大道具小道具も含め、ちゃんとした佇まいの中で1つの空間を作っていく。そこは大事にしていきたいと思います。
原田 私もその点は意識しています。お店の造り自体が小さいので、調理場も全部見えてしまいます。もちろん見せたくないものまで見えてしまうこともあり、それをお客様が見ても、マイナスな気持ちにならないようにと。
例えば、鉛筆1本でもまっすぐ置く。包丁もまっすぐ、まな板に平行に置くとか。それだけでお客様も気持ちいいと思うし、気分よく食べてもらえます。
兼光 細かいところですが、そこが重要なんですよね。
原田 逆に、ちょっと散らかってくると、お客様自身もザワザワしてきて、せっかくコースで順々に出していくという物語性も崩れてしまう。
まずマイナスの要素はなるべく減らしていき、少しでも気持ちよくなってもらえるように、お花や、所作も、言葉選びも気を付けるようにしています。もちろん、全部がうまくいくわけではなくて、「あの時ああ言えばよかった」とか、毎日考えてしまいます。それでも少しずついい空間にしていって、最後にお客様が「いい時間だったな」と思ってもらえるようになってほしい。
志村 お客様の目障りとか耳障りになるようなことは極力排除したいということですよね。
原田 そうですね。そうすると、不思議とお客様も、節度のある声でしゃべってもらえるようになります。そんなふうに駆け引きというか、こちらもちゃんとするから、よろしくお願いしますと、態度で示せる気がしますね。
兼光 私の店も、空間作りは、お店を出す時に、設備なども一から作っていける状態だったので、それこそカウンターの長さや高さ、幅も自分で考えました。そこにズレが生じるだけで、快適ではなくなってしまうこともあるので、そういうところはセンチ単位でこだわりましたね。
原田 大事な部分ですよね。
兼光 あと、バーだとお客様と会話する機会は多いのですが、雰囲気によって、お客様もしゃべりやすかったり、しゃべりにくかったりするんです。
先ほど、お客様の声の大きさの話がありましたが、お酒が入ると酔っ払って声が大きくなる方も多い。それは自然なことなので、私のお店は、あまり声の大きさを気にせずに楽しめるような環境にしたいと思っています。
志村 そうした雰囲気作りというのは、元からこうしたいなというのがあったのか、それとも色々なバーを見ていく中で、自分だったらこうしたいと考えてやられたのですか。
兼光 バーをやる時は、オーセンティックなバーをやるのか、カジュアルなバーをやるのか、だいたい二極化して考えると思うんですが、自分としてはちょうどその間にいい塩梅があるのではないかと思っているんです。しっかりしたお酒や料理も出すし、雰囲気もあるけれど、リラックスして楽しむこともできる。ちょうどいい塩梅の空間作りを心がけています。
多様化する食事形態
兼光 最近は本当に食事形態が多様化していますよね。特にコロナ禍以降、ウーバーイーツなどの人気も高いです。そういったことの影響はありますか?
志村 基本的に僕らは、胃袋産業で、食事は必ずどこかで1日2食か3食は誰でもされると思うんですね。ただ、食事に対するこだわりというのは、たぶん人それぞれのパターンがあると思っています。夕飯は自宅で手作りのものを食べたいという人もいれば、3食ジャンクフードで済ませてもいいと思う人もいる。そんな中、外食に来られる方は必ず来店される意図や動機があると思うんです。
今回コロナで、みんなが集まっておしゃべりして食べる、いわゆる会食が駄目だと言われましたよね。あれはやっぱり日本国民はショックだったと思うんですよ。今コロナが終息しましたが、コロナ禍の影響で、食事の雰囲気は二の次で、お腹がいっぱいになればいいや、という人たちも、多少増えてしまった感はあるんですね。
兼光 安く、お腹が満たされればいいと。
志村 だから余計に、カウンターがあるお店に行く意味というのは、僕らがしっかりとお客様に伝えていかなければいけない。そうしないと、たぶんお客様は来てくださらないと思う。「よし、このお店に行ってみよう」という価値をどのように僕らがアピールするか、それがちゃんとお客様のアンテナに引っかかるようにしないといけない。
原田 お店に来ていただかないと、伝わらないこともありますからね。
志村 結局、お客様は、新規のお客様か常連のお客様かの2種類しかいないじゃないですか。2度目以降は常連さんとして、いかにそのお馴染みのお客様を増やしていけるかが商売の原点だと思っています。
そういう意味では、最初のきっかけは何でもいい。今はネットとかSNSとか、色々ありますよね。そうして来店していただいたお客様に「来てよかったね」と言われるようにする。来店から退店されるまでの2、3時間でお客様にカウンターの良さをどう感じてもらうか、それをどれだけ伝えられるかではないかと思います。
兼光 コロナ禍以降、客層の変化はありましたか?
志村 お1人様が増えましたね。お1人様はやはりカウンターがちょうどいいじゃないですか。
ただ、カウンターは敷居が高いというイメージがどうしてもあると思うんですよ。特に天ぷら屋や寿司屋のカウンターに一見(いちげん)でプラッと行って「よっ」というのはなかなか。僕でも入れないかもしれない(笑)。
原田 緊張してしまいますよね。
志村 そういったイメージを軽減することも大切かなと。例えばうちではちょっと敷居が低いランチ──野菜の天ぷら定食や天丼なども提供しています。入門編ではないですが、そんなところから入ってもらって、カウンターに座ってもそんなに怖くないわねとか、このくらいの値段で食べられるならいいね、とか良いイメージを持ってもらうようにするんです。
SNSの影響もあるかと思いますが、今まではもう少し年代が高い、サラリーマンの方や接待でお店を使われる方が多かったのですが、コロナ後は20代、30代の女性のお1人様や若いカップルの方が増えましたね。それはいい傾向だと思っています。
原田 私の場合、「KOMB」ではレストラン事業以外にオンラインショップと料理教室、ケータリングをやっているのですが、それを始めたきっかけは、自分自身が毎日、お店に立って接客をする自信がなく、違う形態も同時並行でやっていきたいと思ったからです。
その気持ちは今でも変わらず、将来的には、レストランの売上は3割ぐらいで、他の事業で利益を上げる形にしたいと考えています。そうすれば、レストラン自体ももっと自分のやりたいことだけをやれるので。
志村 それが実現できれば理想的ですね。
原田 コロナ禍以降、4人以上の団体でご飯を食べに行くことが少なくなりましたよね。私自身、大人数でご飯を食べに行くことが苦手なので、無理に参加しなくていいという意識になったのは、よかったと思います。
「KOMB」では、貸し切りで会社の会食などもありますが、親しい間柄の方々に、ゆっくりと楽しんでほしいという想いがあります。なので、そういった時間がみなさんの間で増えたのは、すごくよかったなと思います。
兼光 必ずしもマイナス面ばかりではなくて、プラス面も大きかったということですね。
私の場合、正直、自分のお店に来る人は常連さんが多いので、そういう意味ではあまりコロナの影響を受けなかったですね。
ただ、やはり遅い時間に飲む人は、すごく減っていると思います。うちは朝までやっているんですが、深夜の3時や4時にふらっと入ってくる人が昔はいたのですが、最近はいないですね。
志村 確かに。今はそういう方は少ないかもしれませんね。
兼光 生活時間が早くなっているのは、すごく感じますね。体のリズムが合うということもあって、自分は遅い時間のほうが元気なのですが、今は、もっと早い時間にも力を注いだほうがいいのかもしれないと思うこともあります。
原田 そこは難しいですよね。食事と違って、どうしてもお酒って、昼間から飲むわけではないですし。
兼光 ただ、遅い時間にバーで1杯飲みたい、と思っているお客様も必ずいると思うので、自分としては、可能な限り、遅い時間に焦点を当てて仕事に取り組んでいきたいとは思っています。
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