【三人閑談】
カウンター越しに見る風景
2024/11/25
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原田 アンナベル聖子(はらだ アンナベルせいこ)
和食レストラン「KOMB」オーナーシェフ。
2011年慶應義塾大学環境情報学部卒業。懐石料理店で基礎を学んだ後、独立。2022年に神楽坂に「KOMB」を開店。ケータリング、料理教室などの事業も展開している。 -
兼光 保文 (かねみつ やすふみ)
バー「Mr.Alcoholic」代表。
新宿、麻布十番などでバーテンダー経験を積んだ後、赤坂にてMr.Alcoholicをオープン。多彩なカクテルを提供しつつ、学生時代に習得したマジックで、来店客を楽しませている。
お店を開くまで
志村 天ぷら屋「新宿つな八」は、新宿に本店がありまして、駅ビルやデパートなどに支店を今、30店舗ぐらい展開しています。祖父が創業して、私は3代目なのですが、お蔭様で今年で創業100年の年を迎えました。
祖父の実家は新宿で魚屋をやっていたのですが、祖父は次男で、魚屋は長男しか継げなかったので、自分で何かをしなければいけないと、いくつか飲食店をやった際、天ぷらが性に合って、そこから始めて100年という形です。
僕自身は40年ほど前に、「つな八」に入社しました。今はオーナーですが、30代前半まではカウンターで天ぷらを自分で揚げていたので、今日は経営者としてだけではなく、現場にいた人間の視点からもお話ししたいと思います。
原田 私は環境情報学部出身で、メディアデザインを専攻していたのですが、あまり自分の性に合っていないなと思って。趣味で好きな料理をやろうと、卒業と同時に神楽坂にある懐石料理屋に修業に入りました。そこで2年働いた後、いったん辞めさせてもらったのですが、料理とは全然違う仕事を少しやってから、またそのお店に戻りました。
それからフリーランスになって、出張料理や料理教室をやっている時、ちょうど和菓子の虎屋さんから、3年後に赤坂店がリニューアルオープンするので、食事の監修をしてもらえないか、とお声がけいただき、いくつかの店舗の食事の監修を担当させていただきました。
志村 その後、独立されたのですか?
原田 ちょうど、虎屋さんに入って1年半後くらいにコロナ禍になって、その時に「今なら、お店をやりたいな」と思ったんですね。
コロナ禍以降、飲食店も、お店で料理やお酒を提供するだけでなく、テイクアウトなどの需要も増えて来ました。そんな今であれば、レストランだけではない、違う飲食事業も同時に展開するスタイルも受け入れられるのではないか。そんな思いもあり、「KOMB(コンブ)」を始めました。
兼光 私は慶應の理工学部在学中に、奇術愛好会に所属していたのですが、その時バイトの一環で、バーでマジックをする機会があって、それが初めてバーで働いた経験でした。
その時に、自分のパフォーマンスに対して、目の前のお客様が直接反応を返してくれる、そのことに魅力を感じました。高校生の時から飲食店経営には興味があったのですが、バーを始めたいと本格的に思ったのは、その時が初めてです。
志村 開店するにあたって、どこかで修業はされたのですか?
兼光 学生時代は蒲田のバーでバイトで働いていました。そこはオーセンティックバーという、本来は敷居の高めなバーなのですが、どちらかというとカジュアルな雰囲気のお店で、楽しく働かせていただきました。
その後は新宿や麻布十番のバーでも働きました。いざ自分でお店をやる時、土地によって客層の違いや、求められる雰囲気が異なるのではないかと思い、実際に働いて、その違いを理解したいと思ったからです。
新宿ではカジュアルな雰囲気のお店、麻布十番ではクラシカルでオーセンティックなお店で働きました。
原田 料理人と違って、バーテンダーは1人で対応しなければならないことが多いですよね。
兼光 そうですね。バーといっても求められるものはお酒だけではないので、料理も作れるようにならないといけない。また自分は、人としゃべることは得意ではないので、コミュニケーション能力も養う必要があると感じていました。
それでようやく、去年の9月、赤坂にお店「Mr.Alcoholic」を出すことができました。コロナの影響もあって、お店を出すタイミングも難しかったのですが、ちょうど物件も空いていて、良いタイミングで開店できたと思います。
カウンターの利点
志村 天ぷら屋という業態を考えた時に、カウンターで食事をしていただく利点として、天ぷらは揚げ物なので、やはり揚げ立てをすぐ食べてもらうのが絶対に美味しいんですね。うちはテーブルもお座敷もありますが、同じエビを揚げても、カウンターでは、すぐ食べてほしいので、火の通し方も加減して、少しレアになるようにします。
一方、テーブルに持っていく時はカウンターと違って、何品か盛って出さなければならない。そのため、衣もしっかり揚げ切って、持っていく間に天ぷらの衣が崩れないようにするんです。
兼光 カウンターとテーブルで揚げ方を変えているんですね。
志村 そうです。カウンターは、「エビです、キスです、ナスです」と1品ずつ出すので、熱々の状態で食べてもらえます。そのため、職人がこのタイミングで食べてほしい、という状態で品物を出せるわけですね。
あとは、お客様を間近で見られることは大きいです。例えば、お酒を飲んでいる人と、飲まずに食事を楽しんでいる人では、食べるペースが違いますよね。それを見切ることがすごく大事で、天ぷらを出す順番も変えたりもします。
原田 食べる人のタイミングに合わせられる、ということですね。
志村 そうそう。そのほうが、お客様も嬉しいと思うんです。ここぞという時に出してもらえたほうが。
原田 直にお客様の反応が見られるというのは嬉しいですよね。
「KOMB」では、毎月コース料理を変えています。そのコースにはそれぞれストーリーがあって、それをお客様と一緒にみんなで作り上げていくんです。お客様の目の前で季節の食材を見せ、料理し、味わっていただき、1つの物語のようにコースを楽しんでいただきます。
自分や他のスタッフが料理の解説をしつつ、どんどんコースが進んでいくうちに、盛り上がって、最後に「ああ、今日はよかったね」という感じにみんなで楽しめるというのは、カウンターでやっていて本当によかったなと思います。
志村 基本的にコース料理なんですか。
原田 基本、コースだけです。最後に土鍋ご飯を必ず出すんですが、1つの鍋で炊いて、みんなでそれを分け合って食べます。
もちろんお客様はみなさん、お知り合いというわけではないのですが、1つの鍋で炊いたご飯を分け合って食べることで、自然と一体感が出るんです。それはお客様にとってもすごくいい体験だろうなと思うし、私も嬉しくなります。
兼光 バーとしては、カウンターのメリットは、商品の提供に便利ということがありますね。カクテルも、いわゆるショートカクテルとかカクテルグラスに入っているようなカクテルというのは、1秒でも早く出せたほうがいいので。そして、お客様1人1人に目が届くよう、お店全体を見られることが利点ですね。
また、普通の飲食店はテーブルのメニューが重視されますが、バーは、バックバーに見えているボトルや、カウンターに書かれているメニューなどが重要なので、それが一番目に入りやすいのもカウンターなのだと思います。
原田 カウンターならではの見せ方ですね。
兼光 そうですね。バーで必要なのは、お酒を出すことに加えて、いかに付加価値を付けるかということだと思うんです。
例えば、ハイボールも、正直、裏で注いでも同じものが提供できます。でも、しっかり丁寧に作っているところをお客様の目の前で見せて、商品の説明をすることで、満足度を上げることができる。そこが一番の利点だと思います。
志村 皆さんに共通すると思いますが、やはりその料理のプロセスを目の前で見せられますよね。天ぷらであれば、エビの皮をむいたり、衣を掻いたりするところを見せてから、お客様の目の前で揚げる。揚げる時の“シュワーッ”という音や、ゴマ油の香ばしい匂いも、食べる前の期待感を煽るのに一役買っていると思います。カウンター席に座るお客様もそれを期待されている。
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志村 久弥(しむら ひさや)
株式会社綱八代表取締役社長、新宿三田会副会長。
1983年慶應義塾大学商学部卒業。卒業後、株式会社綱八へ入社。専務取締役を経て39歳で3代目社長に就任。今年創業100周年を迎えた。