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【三人閑談】
包む、日本の伝統文化

2022/07/25

風呂敷と和紙、寸法の理由

山口 古いものを手に入れるのも研究というか、伝統を受け継ぐ活動だと思うのですが、こものさんは古い風呂敷を収集されたりしているのですか?

こもの 手に入るものがあれば入れますけれど、今はなかなかそういうアンティークが見つからないんです。所蔵している方がわずかにいるくらいではないかと思います。お金を出しても買えないものもあります。

佐賀 お金を出しても買えないというのは、代々継承されて一枚しか残っていないといったものですか。

こもの そういうものもありますし、限定品・珍しい柄や素材でつくられたものなどですね。昔はペラペラしたナイロン製の風呂敷もありました。商店が粗品として配った3桁の電話番号入りのものとか。建築家の隈研吾さんデザインの風呂敷も所有しています。そういう珍しいものを教室で見せたりします。

もちろん、百貨店が得意先に配った桐箱入りの正絹のものや、結婚披露宴の引き出物のような高級品もありますが、今は風呂敷をもらっても使い方がわからず困る人が多いでしょうね。

佐賀 ちなみに風呂敷の寸法はどうやって決まっているのでしょう。

こもの いくつか種類があるのですが、二巾(ふたはば)と呼ばれるサイズは、一般の方がモノを包むのに最も適した寸法と言われており、大体二巾=68センチです。じつは風呂敷って正方形ではないんですよ。

山口 そうなんですか⁉ 正方形だとばかり思っていました。

こもの 三角に折ってみていただくとわかりますが、少しずれるように仕立てられているんです。

佐賀 どうしてなのでしょうか?

こもの これは生地の伸縮性のためなのです。少し引っ張ると伸びるように生地が取られています。風呂敷は斜めに使って四方を結びますよね。その時に伸びるように微妙に縦長にしてあるんです。

佐賀 それを見越して……。

こもの はい。二巾68センチというのは機織り機の幅で、女性の腰幅の大体2倍と言われています。昔の女性は細身だったのでしょうね。それで二巾。

風呂敷には耳がある二辺とまつってある二辺がありますが、それは二巾の反物を裁断して仕立てているので、丈のほうをまつっているというわけです。

山口 機織り機と織り手の身体の関係から生まれた寸法なのですね。

こもの そういう背景を聞くと忘れないですよね。

山口 そうですね。折形デザイン研究所でも折形用の半紙を開発したことがあり、和紙職人の職場を訪ねた時に同じような経験をしました。和紙をすく時に使う簀(す)がありますよね。僕は、簀の寸法というのは標準化されているとばかり思っていました。ところが職人さんの中には障子紙をすく人もいれば、書道用半紙をすく人もいる。依頼主の注文に応じて紙のサイズや性質が違うのです。

では折形の紙の寸法はどのように決まっているのだろうと調べたところ、縦横の比率の多くは1対√2に近いことに気が付きました。1対√2という比率は、印刷現場では標準的に使われています。これは色彩学者のヴィルヘルム・オストヴァルトがドイツの工業規格のために考案した紙の比率と言われており、いくら折っても比率が変わらない寸法です。

オストヴァルドの紙の比率は、コピー用紙のA判、B判として採用されていることからもわかるようにとても合理的です。僕たちが職人と共同開発した和紙も、身近すぎるあまり意識していないものの意味をもう一度考えようという主旨から、1対√2の寸法でつくりました。

ちなみに、後から知って驚いたことですが、この比率はヨーロッパだけでなく、日本でも昔から大工の間で使われていたようです。

佐賀 大工の合理性が導いたプロポーションでもあったと。日本の伝統文化が世界につながってしまうというのは何とも興味深い話です。

山口 おっしゃるとおり、日本の伝統文化を探っていくと普遍性にたどり着くというのは意外な驚きでした。自分にとっては異なった文化だと思っていましたから。僕はデザイナーでありつつ折形を研究し、それらを統合できないことがずっと悩みの1つでしたので、これは本当に発見でした。

こもの とてもおもしろいですね。

コンパクトカルチャーの普遍性

山口 折形は贈答のための包みと結びの礼法ですが、贈り物は世界中にある文化ですよね。僕たちも外国に招かれる機会が多く、アフリカやウクライナでもワークショップを行いました。海外の人たちとの交流が刺激的なのは自国の文化を再認識するきっかけをもらえるところです。

ワークショップではまず和紙に触れてもらい、テクスチャーや張り、折った時の心地よさを感じてもらうのですが、折り畳んでコンパクトにする行為をどのように伝えたらいいのだろうと考えました。

例えば、ソニーの小型化された電化製品などと折形も、日本人のコンパクトカルチャーの中で通じているのかもしれないとか。外国の人たちに向けて言語化することは、自分たちのデザインを丁寧に考え直す良い機会になります。

佐賀 コンパクトなものや手軽さを形容する軽薄短小という言葉もありますよね。

山口 もともと日本人の知恵として備わっているのだろうと思います。他方でそれは、世界中の人たちが合理的と考えるものとどこかでつながるのかもしれない。

ですので、僕たちもワークショップでは、これが日本文化だと偉そうに語るのではなく、世界中で共有し合っているもの、根っこでは一緒だと思えるものを探れるような場にしてきました。

佐賀 岡秀行さんの生前に、伝統パッケージが海外巡回展に出展されたことがありました。彼のコレクションは外国の人たちにとって日本の包む文化を印象付ける役割を果たしたのではないかと思います。当時、岡さんはこんな言葉を残しています。

「究極的にパッケージの追求は人間の追求である。しかしそれは風土や民族や歴史の違いだけを知ることではない。むしろその逆に、どれほど風土や言語や文化の質が異なろうとも、人間は等しくみな人間なのだと知ることである」

山口さんの言う普遍性はどこかで人間性に通じているのを感じます。興味深いのは、その人間性を通じて普遍性に至る時に異文化との交流が介在しているところです。

それはとても現代的なことです。僕たちが目指すべきところも、他者を認めることによって自分たちがほかの人と同じなのだと知ることですよね。

伝統文化と自由に接する

山口 折形を研究しているとどうも懐古趣味的な人間に思われるところがあります。別に僕は昔に戻れとは考えていないのですが。

佐賀 懐古趣味の捉え方も変わりつつあるのではないでしょうか。

こもの 私の生徒さんも風呂敷を懐古趣味とは思っていないですね。そして、身につけた知識を本当によく活用してくれます。次のレッスンには風呂敷をハンドバッグ代わりに持ってくるとか。ラッピングの教室では、「傘をラッピングするので長めの傘を持ってきてください」と言うと、傘を風呂敷に包んで持ってくる人もいます。

佐賀 そういう環境で若い世代は新しい感性を磨いているところがありますね。僕たちが感じているような古さを、彼ら彼女らはそれほど感じていないようにも思います。

一方で世代が代わると、先行世代が僕たちに残したものを今後どうするかという問題もあります。僕は大学のアートアーカイヴセンターの所員でもあるのですが、そこでは日々さまざまなモノと向き合っています。収蔵品を残してくれた人たちに直接話を聞ける機会があり、そうした時に感じるのはモノ自体の価値よりも、モノを依り代(よりしろ)にして語られるその人の言葉のほうが大事だという感覚です。

これは伝統文化にも言えることで、僕にとって大切なのは風呂敷そのものよりも、風呂敷を通じた生徒さんとの交流やこものさんのお話の方なのです。僕たちは僕たちなりに古いものと向き合いながら、そこにどんな心を読み取るか、ということが試されています。

こもの ラッピングも折形もいまだになくなりませんよね。それはやはり必要なものだからだと思うんです。エコじゃないからと言ってすべて捨ててしまうのではなく、大事なものは残ると思いたいですよね。

佐賀 そうですね。身体性を介在させながら、何度も息を吹き返し続けるのかもしれません。

こもの 型の話でも出たように、絶対にこうでなければいけないということはないと思うんです。その時々に応じた形でやればいい。生徒たちには、気持ちを込めて包むのならどういう包み方をしてもいいと伝えています。できるだけ伝統文化に自由に接してほしい。

私は道で風呂敷を持っている人に出逢うと感激してしまいます。銀座で一度、男性が持っているのを見かけたことがあるんです。習いに来てくれる生徒さんは多いのに、実際に使っている人を見かける機会はまだ少ないんです。

佐賀 うちの学生にも勧めようかな……。

こもの 是非お願いします。お中元やお歳暮の時期になると、ビールの箱を風呂敷で包むコマーシャルが流れますね。じつは、贈答の時は平包みにするのが正しくて、本来は結ばないんです。進物を差し上げる時にほどかなくてはいけないので「相手との関係がほどける」という意味があるからです。結んである演出を見ると「ちょっと違うのよね」なんて思いますが、数年後には平包みに直っていたりします。

山口 誰かがアドバイスしたのでしょうね。

こもの そうですね。そんな話で生徒さんと盛り上がったりします。

佐賀 風呂敷はたくましく、したたかに生き残っていますね。

こもの そう。風呂敷は一度廃れかけた時期を乗り越えたので、もうなくならないと思います。

(2022年5月12日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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