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柳町 達:リーグ最高出塁率とベストナインでチームの日本一をけん引

2026/03/16

エンジョイ・ベースボールとの出会い

──野球を続けるために慶應義塾高校を選んだきっかけは何だったのですか。

柳町 中学時代は茨城の取手シニアに在籍しており、スカウトの方から受験を奨めていただいたことが塾高進学を考えるきっかけでした。勉強面を重視することにも惹かれましたが、何よりも強豪校が集まる神奈川で横浜高校や東海大相模に勝ちたいという気持ちがありました。

──当時、塾高野球部は上田誠監督が率いていました。上田さんは前田祐吉さんから「エンジョイ・ベースボール」を継承した伝道師的存在ですが、初めてこの言葉を聞いた時はどのように感じましたか。

柳町 中学までは軍隊のような環境で野球をやっていたので、最初は「エンジョイ・ベースボールって何だろう?」と思っていました。僕たちが3年生の年は上田監督のラストイヤーでもあり、「野球はやらされるものではなく自分で考えて自主的にやる」という柔軟な発想を3年間学ばせてもらいました。

──私も慶應で前田さんと「エンジョイ・ベースボール」に出会い、野球人生が大きく変わりました。そのことは指導者になった時に強く実感することとなりました。

柳町 僕も塾高を選んでよかったと思っています。プロになり、自分で考えてすべて実行しなければいけない立場になったことで、自ら考えて行動する「エンジョイ・ベースボール」の考え方を強く実感するようになりました。

──その意味で慶應の選手は自立心が少し早く身につくのかなと思います。

柳町 もし野球人生をやり直せるなら高校時代に戻りたいと思っています。当時はまだエンジョイ・ベースボールを「楽しんで練習すること」だと思い込んでおり、力を抜いていたところがありました。

逆にそういう後悔があるからこそ、大学やプロでは試合に勝って良い思いをするための厳しい練習にも耐えられたと思います。

──大学では1年生の春からスタメンでしたね。「柳町はセンスがある」と上田監督からも聞かされており、実際バッティング練習でもセンスを感じました。その結果、大学通算で体育会野球部歴代5位の113安打。私の見る目は間違っていなかった(笑)。

柳町 4年間有り難うございました。

──同学年には北海道日本ハムファイターズの郡司裕也選手もおり、2人とも早いうちから試合に出ていました。4年間試合に出続けられたのはケガがほとんどなかったことも大きかったと思います。

柳町 僕は一度だけ、1年生の時にバントの練習で指を突いてしまったことがありましたがそれだけですね。

──丈夫な身体づくりは現役で長くプレーするための大事な条件ですが、慶應義塾の7年間はそういう身体が培われた時間ではないかと思います。大学の4年間で印象に残っている試合や打席は何ですか?

柳町 神宮では2017年秋、18年春、19年秋の3回優勝しましたが、最も達成感があったのは大学通算100安打を達成した打席です。4年生で迎えた東京六大学野球2019春季リーグ戦の早慶戦、相手投手は早川隆久選手(現東北楽天ゴールデンイーグルス)でした。

100安打まで残り15本に迫る中で大会に臨み、大久保監督にも「このリーグ戦中に達成する勢いで行こう」と励まされていたので、無事に達成できた時にはとてもほっとしました。

──逆に苦しんだことは?

柳町 3年生の時です。1年生で3割打つことができましたが、3年生の終わりに2割5分まで低迷し、「このままでは終 わってしまう」と奮起して4年生の春季リーグ戦で盛り返しました。

同期5人がプロの世界へ

──慶應野球で一番記憶に残っている想い出は何ですか。

柳町 何よりも「エンジョイ・ベースボール」の本当のあり方を学べたことです。勝つ喜びを教えていただいたと思っています。

大久保監督に当時よく言われたのは、「自分の成績よりもチームの勝利を考える」ということでした。主力選手が個人成績で一喜一憂するべきではない、どんな成績だろうが試合に勝つためにがんばれ、と。その言葉をいただけたことで、勝ちに向かって何ができるかを冷静に考えられるようになったのです。

──「エンジョイ・ベースボール」は誤解されることもありますが、実は慶應こそ一番泥臭く練習するチームだと思います。練習について、プロになってから実感することはありますか?

柳町 慶應出身であることで、入団当初はあまり練習しないイメージをもたれたこともありました。今では僕と後輩の正木智也選手、廣瀨隆太選手がホークスの「慶應三兄弟」と呼ばれるほど練習を頑張っています。

──プロに行った大学の同期は5人もいます。そんな学年はなかなかありません。

柳町 そうですね。郡司選手の他、植田将太選手(千葉ロッテマリーンズ)、津留﨑大成選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)が現役でプレーしており、広島でプレーした中村健人君(2025年引退)も同期でした。

──そういう仲間に恵まれる中でプロ野球の世界が夢から目標へと変わったのはいつ頃だったのでしょうか。

柳町 4年生の春にベストナインに選ばれ、その後、日本代表として米国代表と対戦した試合で首位打者になった時に「あるかもしれない」と思いました。

──代表チームには右投げ左打ちの選手が多く、競争が激しい環境だったでしょう?

柳町 大久保監督に「米国投手の速球を攻略できればプロでも通用すると評価される」と言って送り出していただけたことが大きかったと思います。そこで結果を残せたことが自信に繋がりました。

熾烈なレギュラー争いに勝つために

──プロの世界で現役を続けることはとても大変だと思います。家族の支えも大きいのではないですか?

柳町 そのとおりです。調子が出ない日でも、子どもは「パパ遊ぼう」と変わらないテンションで接してくれます。また家族のために頑張ろうという気持ちに切り換えてくれますね。

──周囲の期待が高まる一方、レギュラー争いも熾烈だと思います。来シーズンの目標を聞かせてください。

柳町 今年は打率3割、2桁ホームランを目指しています。そのためにも昨年から取り組んできたウェイトを継続し、フィジカル面の強化に一番力を入れたいと思っています。

昨シーズンはベストナインに選ばれましたが、おっしゃるとおり熾烈なレギュラー争いは続きます。レギュラーを3年間維持できればたとえ離脱することがあっても復帰できる場所があると言われるので、3年間はまずレギュラーを守ることが目標です。

──最後に慶應野球部の後輩たちへの激励と、慶應の関係者に向けてメッセージをお願いします。

柳町 自分で考えて実行する「エンジョイ・ベースボール」の精神はプロの世界でも、社会に出ても役に立つ重要な考え方です。是非学生のうちに実践してほしいと思います。

そして、皆さんからの応援が大きな励みになるので優しい温かい目で応援していただければ嬉しいです。僕ももっと長く現役生活を続け、皆さんに勇気を与えられるような活躍をしたいと思います。

──プレーを通して伝えられるメッセージがあると思います。これからの活躍に期待しています。有り難うございました。

(2026年1月27日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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