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光藤 祐基:音源分離技術でエンターテインメントを革新する

2026/02/16

AIを導入して成功

──そこからAIを導入し始めたということですね。

光藤 そうですね。チームとしては何か上手くいったらいいよね、くらいの気持ちで始めたのですが、実際にやってみたところ、ものすごい性能が出てしまいました。そこで、2015年開催の国際コンペティションに出ると、深層学習を音源分離に使うことを考えていたのはわれわれしかいなくて、僕らのスコアだけ抜群に良かったんです。その場にいた人たちも衝撃を受け、僕たち自身も、自分たちの立ち位置を変える、運命を変えるような瞬間だったと思います。

その後、音源分離の技術の性能がアップしていきましたので、アーティストやスタジオにでき上がったものを持っていきました。でも、2018年時点では全く実用のレベルには達せず、アーティストやスタジオの方々から「使いものになりません」というフィードバックを何度もいただきました。

しかし、何度も繰り返していくうちにだんだん性能が良くなってきました。ある時、グレン・グールドとのパフォーマンスにナレーションがかぶっている古いレコードのナレーションの部分を、石丸幹二さんが日本語で作って世の中に出したいという話がありました。もう亡くなっているグールドと共演するためにはグールド単体の音がなくてはいけない。1960年代の音源なので、楽器を分けてとるような機械はなく、全部混ざった状態でした。僕らの技術がちょうどいいレベルでそこに登場し、それを実現することができました。2020年のことです。

──そこで実用化されたと。

光藤 また映画も古いものはモノラルで1チャンネルです。セリフ、音楽、さらに残りのサウンドエフェクトやアンビエントと呼ばれる周囲の音が全部ミックスされているわけです。なのでこれを5.1チャンネルとか新しいフォーマットに変えたいと思ってもやりようがなかったわけです。

ちょうど2020年頃、過去の名作を4Kリマスターする動きがありました。音のほうはドルビーアトモスといって、音源がスピーカーの配置によって、機器の中でミックスダウンされて立体的に鳴るようなフォーマットなのですが、それをやるためには分離した音源がなくてはいけない。

バイクの音や馬が走っていく音を抽出してほしいと言われ、最初に「アラビアのロレンス」と「ガンジー」という過去のアカデミー賞受賞作の音源分離を行いスタジオに手渡し、スタジオ側がアトモス形式にミックスして世の中に出ていきました。

──素晴らしいですね。

光藤 音源分離はこのようにしてスタジオとアーティストと共にあるべき形に進化していき、アカデミックな分野でも認められるようになりました。

また、今は電子機器にまで使える最適化が上手く進められるようになりました。ソフトをコンパクトにする技術を開発し、モバイル機器などで周囲の雑音を消しながら録音ができるような技術を実現することができました。

──その技術はソニーの製品にも活用されているんですよね。  
  いわゆる古典的なノイズ除去ではノイズだけをきれいに取り除くなんて魔法みたいな話でした。今の音源分離は、元の音声や音楽はきれいに残したまま、ノイズだけを取り除くことができるようになったということですね。

光藤 そうです。音源分離の難しさを語るのに僕がいつも使ってきた例は、ミックスジュースを後から分離するぐらい難しい問題ですと。リンゴジュースとオレンジジュースを混ぜた後に、オレンジジュースだけ取り出すのは大変ですよね、と。それが今AIの力を使ってできるようになりました。

生成AI時代に対応すべきこと

──さらに様々なところでエンターテインメント分野などへの応用を考えられていると思いますが、今後どのように技術が応用され広がっていくのか。それにどのように光藤さんご自身が関わっていきたいですか。

光藤 大学時代は音楽を本格的にやっていて、自分で作曲してライブハウスで活動し、ゆくゆくはデビューしたいと思っていました。しかし、僕はボーカルだったんですが、人より際立つ何かがないなと気付き、どうしようかと迷っていたところ、親族の音楽業界のエンジニアの人から、「今自分の持っているものを生かしながら音楽にも関わっていくのはどう?」と助言をいただき、企業で研究者になる道を選んだのですね。

だから、僕は、どういう気持ちでアーティストが活動しているかも多少はわかっているつもりです。例えば今、生成AIが音楽活動の領域でも人にとって代わるのではという話が出てきた時、どのように彼らが感じているかがわかるんですね。

そこで、自分たちが大事にしていたものが、新しいパラダイムの生成AIで同じように作られる世の中になっても、彼らがどうやってスムーズにその時代に移行できるかを考えています。

──具体的にはどういうことを考えられていますか。

光藤 今考えているのは、生成AIから出てきたものがアーティストの楽曲に酷似しているのであれば、そのアーティストにきちんとマネタイズするような仕組みです。そうすれば、そのアーティストがそれで職を失うようなことはない。

また、生成AIを積極的にアーティストが使うことによって、新しい分野を切り開くこともできると思います。これは強力なツールになると思っていて、今までにないようなジャンルができるかもしれません。

音楽の分野は、70年代にシンセサイザーによる電子的な音楽が本格的に広まったように、新しいジャンルは技術と共に変わっていくこともあるので、生成AIが新しい分野を切り開く可能性は十分あり得るのではないかと。そこに対して基盤をきちんと作っておきたいというのが、次に目指しているようなことです。

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