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【話題の人】
波多野睦子:ダイヤモンド量子センサーで社会を変える

2022/03/15

応用物理学会会長として

──学会の会長という立場などでは、女性だからいろいろと声がかかりやすいということもありますか。

波多野 女性比率を向上させるために登用され、女性だから忙しくなってしまう弊害もあると思います。しかし次の世代の女性活躍のための「踏み石」の役割をしっかり果たしたいです。

──応用物理学会でも女性がいたほうが議論が活発になりますか。

波多野 応用物理学会は学術としても学際的で、産官学の連携も進んでおり、ダイバーシティを重視するDNAがあります。ですので私も自然体で会長を務めることができています。

しかし女性の会員はまだ少ないです。女性に限らず、ダイバーシティ・インクルージョンの推進、分野横断的な議論は新たな価値を生みだす原動力であり、多様性のぶつかり合いの中から最適解を導き出していかない限り、持続・発展は期待できません。

約2万人の会員のうち、3分の1が企業会員、3分の1がアカデミア、3分の1が学生という構成です。女性や海外からの会員を増やすために、さらにシニア会員に活躍いただきたく施策を具現化しています。

──会長職を務められていかがでしたか。

波多野 就任からコロナのパンデミックに見舞われ、公益社団法人が果たすべき役割は何か、と根本に立ち返りました。しかし変革のチャンスと捉えています。新型コロナウイルスやカーボンニュートラルなどの社会的課題をターゲットにして、横断的な議論を勧めました。知の統合と創発、科学リテラシーの向上、小中高校生の理系進路選択などに役立てばと期待します。

講演会も、オンラインと対面のハイブリッド、バーチャルリアリティ、と状況とニーズに合わせた形式を整えました。また、学協会の国際協創は、政治・経済の分断化が進む現在、重要性が増しています。オンラインを活用し、世界の物理系学協会のRoundtable を頻繁に行っています。意外と悩みは同じです。

学生への期待

──学生たちについてはどのように感じていますか。

波多野 今の学生たちはZ世代と言われていますが、私は彼らに大いに期待しています。Z世代は個性や自分らしさを重視し、環境や社会貢献意識が高く、自然にダイバーシティが重要と認識しています。バブル、リーマンショック、景気後退以前の浮かれた時代を遠目に、達観を余儀なくされた世代でもあるかしら。

これからは、フィジカル/サイバー空間の融合から、さらに人間の内面空間が高度に融合したシステムヘと発展し、精神や社会が豊かになることを彼らが実現してくれることを期待します。また働き方も変わり、副業が増えてくると思います。私自身も今、東工大とQST(量子科学技術研究開発機構)という国立研究開発法人とクロスアポイントメントしています。

ですので、「博士課程に進学し、世界を見て、これは誰にも負けないという強みを持とう」と繰り返しています。

──アントレプレナー(起業家)を育てることはどうですか。

波多野 スタートアップに就職する学生は増えてきました。しかし慶應の学生よりも少ないと思います。先輩やご家族の影響もありますね。修士の学生で、今の研究テーマで起業したい、と言い始めている学生がいますので期待しています。今後、国際社会での日本の立ち位置、何を軸に生きていくのかは考えさせられますね。

──日本人は日本の価値や強みをよく理解していないですね。狭い島国と言うけれど、地図の上で九州をスペインに置くと、北海道はデンマークに届く。そのくらいの広がりのある国なのに、結局、東京に全部集中してしまっている。多様性を意識して、地域ごとの強みを生かせたらと思います。

波多野 日本国内でもっとシャッフルすればいいのですね。リモートが進みましたので、その可能性があると思います。

──何しろ東京一極集中である限り、地方はどんどん細くなってしまう。

波多野 私も量子センサーの研究や量子人材の育成を広めたいと思っています。だれでも参入しやすく、全国津々浦々に柔軟に機能する研究エコシステムを構想しています。

慶應は、伊藤公平先生が最先端の量子コンピューター研究拠点「IBMQ Hab」を早期に構築されたのは驚きでした。業種も様々な企業との協創により、量子コンピューターを社会に役立てようという、伊藤先生ならではの発想と実行力、そして信頼関係に基づく強固なグローバルネットワークがおありだからと感心しています。

ポジティブに女性研究者を支援

──東工大で教えていらして、やはり慶應で育ったなとご自身で感じられることはありますか。

波多野 学生に課題として自分で考えさせる総合知が必要となる宿題を出すことがあり、このような教育は慶應で学んだことかなとは思います。学術会議でお世話になりました大西公平先生(現名誉教授)は、電気、機械、情報の異分野を融合された独創的な研究をされています。自分の分野を越えて社会に役立てることができるのは慶應だからと思います。

──慶應は、自分で分野を切り開いていくというマインドを持ちやすい環境ではあるとは思いますね。

波多野 おっしゃるとおりです。

──お子さんは何をされているのですか。

波多野 長女は法曹です。次女は慶應の文学部卒で航空会社にいます。卒業後も慶應のネットワークの力は大きいようです。

──では、お二人とも理系の分野とは縁がない。

波多野 全然ですよ。ひどいでしょう(笑)。私は土日もほとんど実験して不在でしたので、そのようにはなりたくないと。そんなこともありましたが、女性研究者がさらに活躍できるように、そして研究者を目指す女性が増えるように、応援していきたいと思います。

──これからもますますのご活躍を期待しています。今日は有り難うございました。

(2022年1月21日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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