【演説館】
鈴木 まなみ:欲しいものは自分でつくる──テクノロジーがもたらした新世代のプロシューマー
2024/05/09
自由なITモノづくり業界での変化
筆者は、このメイカームーブメントが提唱された2012年ごろからITクリエイターたちの「自由なモノづくり」を志向するIT系開発コンテスト「ヒーローズ・リーグ」に携わっている。この12年の間、テクノロジートレンドはSNS、O2O(Online to Offline)、IoT、ビックデータ、XR、ブロックチェーン、生成AI……と目まぐるしく変化しており、さまざまなアウトプットが生まれるのを横で見守ってきた。
その中で感じた一番大きな変化は、アプリなどの画面に閉じられたサービスのモノづくりだけでなく、3Dプリンタなどで造形して出力したものと組み合わせたモノづくりがとても増え、個人が生み出せるモノづくりの幅が格段に上がったことである。
道案内サービスでたとえると、向かうべき目的地までの距離と方向だけを指し示すWEBアプリから、ライトが目的地の方向を照らし教えてくれる懐中電灯型デバイスになるといった変化だ。両者とも地図を使わない道案内だが、ソフトウェアだけでなく物理的な「モノ」を介すことで、表現の幅が大きく広がった。
“つくりたい”という衝動
そして、既製品が、高価だったり自分のニーズが満たされていなかった際、自分でつくり上げる人が多く見られるようになった。タイプライターの打ち心地を再現してつくられた「タイプライター・キーボード」、食券機のボタンを制限なく押してみたい衝動から生まれた「食券機を改造した楽器」など、個人の趣味嗜好が全面に押し出された作品や、草刈りロボット、UFOキャッチャーなど「メーカーから販売されている既製品じゃないの?」と思ってしまうほどの力作もあり、個人ができることの幅に驚く。
「誰かのため」のモノづくりではなく、「自分が」こんなものがほしい・つくりたいという衝動からつくられた作品は、クリエイティビティの宝庫である。
このようなメイカーの領域では、大量生産・大量消費時代には見られない個性豊かなアイデアや、生み出す過程をも楽しんでいる「新世代のプロシューマー」の様子がうかがえる。メイカーイベントでは、「何の役に立つの?」「何が新しいの?」といった消費者的質問ではなく「何がきっかけで思いついたの?」「どうやって形にしたの?」「こだわったところは?」というつくり手に近しい質問が飛び交う。そこには、つくり手同士だからこそのコミュニケーションが存在する。

「自分のため」に手を動かす
メイカーは、大きな目標を掲げつくるのではなく、思いついたアイデアの簡単な試作品(プロトタイプ)をつくり、皆に見せ、その中で作品の新たな用途を見つけたり、進化させたりしている。壊れたら自分で修理すればいいし、販売するわけではないので、品質については必要以上に気にしない。何より、「自分のため」に手を動かしているので、つくる過程も楽しくてワクワクしている。
頭でイメージするだけでなく、手を動かし形にすることは、既製品の仕組みへの興味につながり、リバースエンジニアリング(既製品を分解して構造を理解)する人も多い。メイカーのモノづくりは、好奇心と創造力を加速させるだけでなく、プロの生産者への尊敬の念も生んでおり、「修理する権利」が問われる現代において重要な役割を担っていくと筆者は考えている。
新世代のプロシューマー
「つくる」という行為を取り戻した消費者は、自分のニーズを満たす新しいモノをつくるだけでなく、プロの生産者が生み出したものを消費しながらも、修理・分解することで製品寿命を長くしたり、新しいモノに改造したりもする。ゼロから生み出す「創造」だけでなく、ありあわせの手段や道具でつくったり、違うものに再利用したりといった「生成」も生み出す。
筆者は、新世代のプロシューマーたちが、見たことのない新しいモノを生み出すことも楽しみだが、それ以上に、「使い捨て」から「再生の文化」へ変化していくことに注目している。
ところで、石川県立図書館にはデジタル工作機械を使ってモノづくり体験ができるスペースがあり、その運営には、金沢市でメイカーイベントを主催している市民が携わっている。このように、公共施設でその地域に住むメイカーが運営に携わり、オランダ発祥の「Repair Café」のような場ができたら、おもしろいと妄想する。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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