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【演説館】
エマ・大辻・ピックルス:アカペラを生きる──オストメイトとしての私

2024/03/25

海外のオストメイトのマインド

WOCナースに教えてもらったもう1つの貴重な情報は、海外の“オストメイトモデル”の存在である。SNSではオストメイト用の下着や水着、デニムを着こなす若いオストメイトたちが見られる。一般の人もパウチを出した水着姿やジムで体を鍛える様子をSNSに上げている。私はこの“前向きなマインド”を輸入したいと考えた。

そこでまず自分自身もパウチを出した姿で写真を撮影してもらうことにしたが、一番のハードルとなったのは、日本のパウチは透明が主流であることだった。これでは腸や内容物が見えてしまう。グレーや白、黒といった様々な色の完全不透明なパウチが主流となっている海外とは対照的だ。

日本に流通するパウチはメーカー6社、1800品種に及ぶが、ほとんどが透明だ。ここにはオストメイトの8割が60代以上で、高齢者や介助者にとって透明の方が貼付しやすいという医学的な背景がある。他方で、多くのオストメイトがパウチの存在を隠すのは、透明だからではないかとも考えた。私がオストメイトの啓蒙活動を始めるのに不透明なパウチは不可欠だった。撮影に際し、WOCナースの全面的な協力の下、日本で唯一不透明なパウチを展開するデンマークのコロプラスト社のグレーのパウチとめぐり合えた。

左が透明、右が完全不透明なパウチ

テレビ出演へのチャレンジ

こうした中、NHKからオストメイトの存在を伝える番組の企画に恵まれた。実現してくれたのは慶應での田村次朗先生のゼミの後輩で、ディレクターの宮崎玲奈氏だ。

オストメイトが最初に悩む問題は、体形やストーマの位置等によって微妙に異なる装具を見つけることである。パウチと皮膚との間に隙間があると、“便漏れ”が生じる。私も術後半年ほどは外出が怖く家にこもり、万が一の事態に備え、下着はパウチが覆える男性用の黒いものに換えた。パウチ内の便の臭いも外出先で不安になり、トイレに駆け込むこととなる。ストーマに筋肉がないことで予期せずガスが排出され音が出るのも大きな悩みの1つだ。お芝居を鑑賞中に音が止まらなくなり、劇場から駆け出るはめになったこともあった。生活は羞恥心との闘いである。最も辛いのが、自分の便と対峙する時間だ。透明なパウチでは、常に排泄物が目に見える状態となる。食べたものがそのまま出てくるストレスは、自尊心が少しずつ紙やすりで削られるような感覚だった。番組ではこうした実状を明らかにした。

取材を受けていた2020年、東京パラリンピックを前にスポーツメーカーとともに啓蒙活動ができないかと考えた。オストメイトは障害者4級以上に認定される(私は原疾患との併合で3級)。そこで、ストーマ造設前から無償で協力してくれていた小林正嗣カメラマンに頼み、私は生まれて初めてビキニ姿でカメラの前に立った。宮崎氏は取材の間、「これは大きな風穴を開けられるかもしれない」と言い続けてくれた。取材は半年に及び、複数の番組で枠を拡大しながら放送された。

最大のサプライズは、コロプラスト社から「アンバサダーになって欲しい」と打診されたことだった。「海外のオストメイトのマインドを輸入したい」と始めたチャレンジは、41歳の私自身が日本初のオストメイトモデルになるという思わぬかたちで成就した。

筆者自身が日本初のオストメイトモデルに

ありのまま=アカペラで生きる

私は昨年8月に大腸を全摘し、小腸ストーマを再造設した。昨今、多様性ダイバーシティが声高に叫ばれる。私自身がハーフであることや、医療者であることが基礎にあるせいか、多様性の概念は幼い頃から構築されていたように思う。それが、ストーマを造設する治療・・を受けた日から、私は障害者・・・と呼ばれる集団にカテゴライズされることになった。中でも目に見えない障害者・・・・・・・・・という難しい部類に入る。

しかし、健常者と呼ばれる人も皆、何かしら障害に近い生きづらさを抱えているのではないだろうか。区別と区別の間の架け橋になることを今日までの活動の理念にしてきた。そのためにはこれからも、飾ることのない自分の存在を生の声(アカペラ)で世に届けたい。

私にとってオストメイトモデルとは、アカペラで生きるロールモデル・・・・・・・・・・・・・・という、多様性における新しい生き方の1つである。これを提唱し、振り返った時、たくさんのオストメイトモデルたちがいる日が来ることを願っている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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