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【演説館】
小川真由:町工場から見た日本の製造業の未来

2021/12/20

  • 小川 真由(おがわ まさよし)

    株式会社小川製作所取締役・塾員

日本の経済停滞と町工場の今

本稿では、都内で町工場を営む零細企業経営者としての実感と、経済統計データ(ファクト)とを突き合わせながら、日本の製造業の未来としてあるべき姿を考えていきます。

日本経済は、1990年のバブル崩壊と1997年の金融危機を転換点として長期停滞が続いていますが、リーマンショックを機に国内ビジネスの「値付け感」が大きく変わったように思います。

私は塾大学院理工学研究科修士課程を修了後、富士重工業株式会社(現株式会社SUBARU)で、航空機開発に携わりました。家業を継ぐべく同社を退社し、精密部品製造の町工場での修業を経て、当社に移りました。一貫して製造業に属する当事者として、このような変化を経験してきました。

医療・理化学、半導体、航空などさまざまな産業分野の多品種少量部品製作を受託する当社は、おもに国内外のメーカーが顧客となり、まさに典型的な町工場そのものです。多品種少量の製造過程は職人によるアナログ的な作業も多く、簡単に自働化できるようなものではありません。当社の場合、1時間の仕事で4,000~5,000円の加工賃をいただきます。この加工賃がそのまま仕事の価値=「付加価値」となり、給与と直結する極めてシンプルな事業モデルです。

「1時間に生み出す付加価値」は「時間当たり労働生産性」と言われます。労働生産性は2019年時点の直近値で、ドイツで6,700円、アメリカで8,400円、日本でも4,900円です。この指標は非製造要員も含んだ平均値であるため、本来のビジネスの値付けはさらに高く設定されているはずです。

人の仕事に価値がつかない経済観

日本経済の中で最大の課題と言えるのは「人の仕事の価値」が極端に低く、仕事の「値付け」と、消費者でもある労働者への対価となる「賃金」が安いことではないでしょうか。

当社の値付け(4,000~5,000円/時間)は、この業界では一般的に「高い」と言われます。実際に国内の同業他社は1,500~2,500円が多いようで、この程度の極端に安い値付けが今や「当たり前」になっています。

なぜ、それほどまでに安いのでしょうか? その背景として考えられるのが、どの事業者も「とにかく安く」という価値観に染まっていることではないでしょうか。設備投資による自働化等により「生産効率」を高め、単価を下げることは製造業としては当然追求するべきことです。「自働化された手段」は主に大量生産と相性が良く、「規模の経済」により生産コストを極限にまで下げることができます。「規模の経済」に依拠した多くのビジネスは「底辺への競争」によりさらに安い労働力を求めて、日本ではとくに製造業の海外進出が大きく推進されてきました。

このため国内に残った仕事はむしろ、規模の経済を追求しにくいビジネスが多いはずなのですが、値付けは「新興国価格」を求められます。日本の製造業ではこのように「規模の経済」に依拠した経済観により、「人にしかできない仕事」の価値も相当に下げられてしまっていると実感しています。

日本の経済停滞と国民の貧困化

日本の経済は、労働者の平均所得(2019年時点で436.4万円より440万円)、1人当たりGDP(2018年時点で433.7万円より430万円)、労働生産性(同約4,900円)などの主要経済指標のいずれでも、1990年代中盤以降、先進国で唯一停滞が続いています。

これらの指標はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で、1990年代はトップクラスの水準を誇りました。しかしその後、長引く停滞とともに立ち位置は変化し、現在ではいずれの指標も20位程度です。とりわけ労働者の所得低下は深刻です。とくに男性労働者の平均所得は1997年にピークの580万円となった後減少し、2019年では540万円ほどです。

他国が右肩上がりで成長している中で、日本だけ経済成長が長期間止まっており、消費者でもある労働者の所得が唯一減少しているのです。

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