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小笠原和美:子どもたちを性暴力から守るには──絵本から始める未来づくり

2021/10/08

  • 小笠原 和美(おがさわら かずみ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

性暴力の被害実態

近年、報道等で性暴力が取り上げられることが増えてきましたが、一体どのくらいの人が性暴力の被害に遭っていると思われますか。多くの方が、「性暴力に遭うのは一部の特別な人で、自分の身近にはいない」と思われているかもしれません。しかし、内閣府の調査によると女性の7%、およそ14人に1人が「無理やりの性交等」の被害経験があると答えています。痴漢や盗撮等を含む「性暴力(=同意のない性的行為)」の全体像を考えると、この「7%」という数字は氷山の一角に過ぎません。性暴力はそれだけ表に出にくい問題なのです。また、2020年に認知された強制わいせつ事件のうち、被害者の17%が12歳以下で、そのうちの13%は男の子でした。性暴力被害は性別を問わず発生しています。

児童ポルノ被害も深刻で、平成28年以降毎年1,000人以上がポルノの被害児童として発見されています。ネット上に流出した画像の回収は難しく、被写体にされた子どもたちの人生に暗い影を落とし続けます。

自覚なく長期間続く子どもの性被害

子どもの性被害の特徴として、自分がされていることの意味がわからず性的な被害に遭っている自覚がない、逆らうことができず長期にわたり被害が続く、等が挙げられます。子どもの性被害は、とくに「暗数」が多いのです。

日本の子どもたちは、自分の体には守るべき部分があることや、そこを侵害された時にどう対処したらよいかを教えられていません。一方で、目上の家族や学校の先生、習い事やスポーツの指導者等は、「言うことを聞くのが当たり前」という権威的な存在です。実際、子どもたちの知識のなさやこのような権力構造を利用して家族や親戚からの性的虐待が長期間続いたり、保育士、ベビーシッター、教員によるわいせつ行為が繰り返されたりと、本来であれば子どもをケアする立場の人からの性暴力も起きています。

そして、被害を受けてから10年以上も経った思春期になって初めて被害を認識して自尊心を深く傷付けられ、リストカット、アルコール・薬物依存、性的逸脱行為に陥る等、その後の人生が生きづらいものになってしまうことも少なくありません。性暴力は、被害者を長期間苦しめる極めて重大な人権侵害なのです。

プライベートゾーンの知識と勇気付け

被害を訴えることのできない被害者、自分の行為を正当化し続ける加害者、加害の場面を見ても止めることができない傍観者。性暴力をなくすには、このような立場の人たちをつくらないための「予防教育」が重要です。幼児期の子どもへの性的虐待や小学校での深刻な性的ないじめもあるため、予防教育は、小学校に入る前の子どもたちに、性別を問わず必要です。

プライベートゾーンの知識とは、「プライベートゾーンは、水着を着ると隠れる部分のことで、自分だけの大事な場所。だから簡単に人に見せたり、触らせたりしてはいけない。もしその部分を勝手に見ようとしたり、触ろうとしたりする人がいたら、『いや! やめて!』と言って逃げること、そしてそのことを大人に話すこと」です。「自分だけの大事な場所を守る」ことは、裏を返せば「他人のプライベートゾーンも勝手に見たり触ったりしてはいけない」ということになりますので、加害防止にもつながります。また、「内緒の約束だよと言われても、守らなくていい場合があるよ」と教えておけば、子どもたちは話せるようになりますし、「お友達が困っていたら助けてあげてね」と伝えることで、「何もできない無力な傍観者」でなくなることも可能です。子どもたちには、知識と勇気付け(Empowerment)が必要なのです。

国際標準は5歳から

包括的性教育の国際標準について書かれた『国際セクシュアリティ教育ガイダンス 改訂版』(ユネスコ編)によれば、誰もが、自分の体に誰が、どこに、どのように触れるかを決めることができる「身体の自己決定権」を持っていることについて、5~8歳で学ぶべきこととされています。これに照らせば日本の性教育は明らかに遅れています。文部科学省が示す学習指導要領では、身体の自己決定権については全く触れられていません。改訂は必須ですが時間がかかります。現実は待ったなしです。このまま放置すれば被害は拡大していくでしょう。

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