【Researcher's Eye】
鈴木 真吾:好きを仕事に?
2026/03/13
学生の頃、テーマの決め方について話す中で、「あまり興味のないことをテーマにしないことが一番大事だ」という、身も蓋もない結論に着地したことがある。楽しくなければ長い研究者生活を続けていけない、ということなのだが、これはシンプルながら難しい。
歴史学では、史料がなければ何もできない。運よく文書行政に関心があれば、1億5千点以上とも言われるオスマン語の行政文書自体が素材となる(簡単という意味ではない)。一方で、運悪くニッチな分野に興味を持てば、掘り進めた末に何も出てこないこともある。若手研究者にとって、突き進んだ先が行き止まりとなるリスクは避けねばならない。他方、史料ありきで研究を始めて、その後に「研究対象を好きになっていく」手もあるという話にもなった。確かに「住めば都」とはよく言ったもので、住む場所であれ恋愛であれ、とりあえず住んでみる(付き合ってみる)ことで、徐々に好きになることはあるだろう。しかし少なくとも私の場合、史料があるからという理由で卒論のテーマにした養蚕を好きになることはなかった。苦手なものは、やはり苦手なのである。
蚕を好きになれなかった私は、大学院進学後にオスマン語の地方新聞に活路を見出そうとした。当時の人々の関心事に興味があったからである。どのような問題が頻繁に記事になり、何が世論を掻き立て、どう論じられていたのか。頻繁に記事になるのだから、史料の乏しさのリスクもある程度回避できる。紙面をひたすら追っていく中で、自治体が常に批判の的となっていること、なかでも都市の公衆衛生の維持を求める声が繰り返し現れることが目についた。こうして都市の衛生問題を当面の研究テーマとし、最終的にはオスマン帝国における国家的な医事行政を明らかにする研究へとつながっていった。
こうして振り返ると、私はまず史料の有無を優先し、それを後から「好きになっていく」タイプだったようにも思える。しかし実は、卒論で扱った養蚕も、主題は微粒子病という蚕の病気であり、「病」という点では一貫している。結局のところ、無自覚的な無数の取捨選択の結果として、公衆衛生が「目についた」だけなのかもしれない。好きに気づくのが早いか遅いか、その違いに過ぎないのだろう。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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鈴木 真吾(すずき しんご)
日本学術振興会特別研究員PD、東京大学東洋文化研究所研究員・塾員
専門分野/ 近代オスマン帝国史