【Researcher's Eye】
松田 康博:中台関係が動く瞬間、止まる瞬間
2026/02/09
昨年7月に慶應義塾大学出版会から『中国と台湾──危機と均衡の政治学』を上梓した。現代の中台関係を学際的に分析し、わかりやすい記述に努めた。
若い頃は海外出張の機会も少なく、公式文献の読み込みだけが頼りだった。ところが、文献を読むことも出張に負けず劣らず楽しい。たまに面白い決定的瞬間に出会うからだ。
1995年の李登輝訪米とその後の台湾海峡危機を経て、中台の実務協議メカニズムは中断した。中台間の対話回復は絶望的に思えた。ところが、『人民日報』の表現に微かな変化があった。1997年9月に行われた中国共産党15回全国代表大会の直後に、ある要人が「両岸政治交渉の手続きのアレンジを進める」という見慣れない表現を使ったのである。
ある勉強会でこれを取り上げて「中国が台湾との対話を回復したいと考えているらしい」と報告したところ、「そんな兆候は一切見られない。中国は台湾への強硬姿勢を堅持している」と一笑に付された。
ところが、これはやはり対話回復のキーワードだった。江沢民訪米の直前に出てきたこの語句の変化は、1998年10月に実現した2回目の汪道涵・辜振甫会見の前触れだったのだ。私は、慶應の大学院で恩師・山田辰雄先生から中国政治史の研究方法を学んだ。その威力を強く実感したものである。
その後、江沢民は、1999年に李登輝による「特殊な国と国との関係」発言に怒り、台湾との対話を再度絶った。2000年5月には台湾独立派である陳水扁・民主進歩党政権が成立したことで、交渉を通じた「平和統一」は当面見込めなくなった。江沢民が次にどう出るかが注目点となった。
江沢民は2000年10月の中国共産党第15期第5回中央委員会総会で、国家統一は「新世紀に入ってからの三大任務」だと発言した。ところが翌2001年7月の中国共産党成立80周年大会で、江はこれを「新世紀における3大任務」に言い換えた(傍線引用者)。これを読んだ時、「江沢民は統一の期限をこっそり100年近く先送りにしたぞ」と興奮したことを覚えている。
習近平が台湾問題の「解決」を事実上諦める瞬間を、将来公式文献から見つける日がくるだろうか。これは私の研究者としての密かな愉しみなのである。
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松田 康博(まつだ やすひろ)
東京大学東洋文化研究所教授・塾員
専門分野/東アジア国際政治、中台関係研究