三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
大西 浩志:アートとマーケティングの交差点で

2025/11/18

  • 大西 浩志(おおにし ひろし)

    慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授
    専門分野/デジタル・マーケティング、アート・イン・ビジネス

私がアートに強く惹かれるようになったきっかけは、大学生時代に留学したアメリカでの体験でした。下宿先近くの私設美術館で初めて目にしたロバート・ラウシェンバーグの作品の前で、頭で理解するのではなく体全体が揺さぶられるような感覚を覚えました。それまで「正解」を追い求めることに慣れていた私にとって、答えのない問いを突きつけてくるアートの存在は衝撃でした。それ以来、若手アーティストを支援する意味も込めて作品をコレクションするようになり、後に研究として「アート・イン・ビジネス」をテーマに扱う原体験となったのです。

一方で、私の研究分野はデジタル・マーケティングです。SNSの口コミや広告の効果などをデータ解析で数理的に分析し消費者の行動を解明するという、合理性と実証を重んじる世界です。ところが、この合理性だけでは説明できない現象がしばしば起こります。人間は感情の生き物であり、ちょっとしたSNS投稿に心を動かされ商品を購入することもあります。目の前のデータを分析しているだけでは解明できない、マーケティングの本質に深く関わる課題があるのではないかと考えるようになりました。

そこで取り組んでいるのが「アート思考」と「マーケティング」の融合です。アート思考とは、先の見通せないVUCA時代にアーティストのように社会と自分自身を深く問い、曖昧さや違和感のなかから新しい発想を導くアプローチです。企業活動に導入すると、効率性だけでは生まれにくい創造性や組織の活力を引き出せます。私はこれを「アート・イン・ビジネス」という枠組みで整理し、ブランド形成やイノベーション創出への寄与を分析してきました。例えばオフィスに作品を置くと、社員同士の対話が変わり、物事を多面的に考えるきっかけが生まれます。アーティストのワークショップを積極的に取り入れている企業では、イノベーションを促進する成果もあがっています。

これからも、データ解析に基づく合理性と、アート思考がもたらす深い洞察、その両者を行き来しながら研究を続けていきたいと思います。この研究を通じて、留学先の美術館で立ち尽くしたあの瞬間の感動を皆さんにお伝えしつつ、社会や企業活動に貢献できればと考えています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事