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【Researcher's Eye】
澤井 康毅:理想のゼミ

2025/11/11

  • 澤井 康毅(さわい こうき)

    埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授・塾員
    専門分野/財務会計

「大学教員になったら、どんなゼミ作りをしたいですか?」

博士課程入試の面接で問われた私は、「卒業後も入ってよかったと思えるゼミにしたいです!」と回答した覚えがある。理想は結構だが、問題はそのようなゼミをどう作るかである。当時の自分に苦笑しつつ、では、大学教員として10年弱が経過したいま、同じ質問にどう答えるか。自らのゼミ運営を振り返りつつ、考えてみた。

就職してまず、指導者のあり方を思案した。恩師の黒川行治先生は、経営者に必要な資質についてお話しされていたことがあり、それは大学教員にも当てはまると思う。すなわち、「能力」、「人格」、「人がら」である。専門分野の研鑽に励み、社会規範から逸脱しない道徳観を有し、温厚であるといった感じだろうか。もっとも、自分を磨くだけで学生がついてくるほど現実は甘くない。

教壇に立つと学生の状態はよくみえる。「ただ乗り」する学生、思考停止した学生など、その様子は意外なほど伝わってくる。「ちゃんとやってね」、「遠慮なく質問を」、声がけに大した効果はなく、不満を感じることもしばしば。ただ、学生を理解する努力をせず、自分は学生から尊敬されたいというのは虫が良い。そのような思いに至り、学生との距離を縮める策を講じてみることにした。しかし、飲み会を開催してみても、当たり障りのない会話ばかりである。しばらく悩み、ふと学生の呼称を変えてみることにした。「さん」付けに距離を感じていたこともあり、希望する呼称を自己申告してもらったところ、多くの学生がファーストネームを希望した。呼称変更は、学生との距離を縮めるうえで効果大であり、各人への激励やフィードバックがしやすくなった。人間、近くでみられている意識を持つとやる気が出るのだろうか、積極性が向上した。そんな学生に応えようと自身の研究にも力が入り、半学半教を実感できるようになった。

呼称変更という些細な処置がもたらした重要な帰結は、学生と教員の間に生まれた信頼関係にあると思う。したがって、「教員と学生が信頼関係で結ばれたゼミ」、というのが現時点の回答になる。年齢を重ねれば手段も変化せざるをえないが、試行錯誤しながら理想を実現させたい。とはいえ、理想は変わりうる。10年後にまた答え合わせをしよう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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