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【Researcher's Eye】
佐藤 豪竜:相関と因果のはざまで

2025/10/28

  • 佐藤 豪竜(さとう こうりゅう)

    慶應義塾大学総合政策学部専任講師
    専門分野/社会疫学、医療経済学

私は、社会が人々の健康に与える影響を明らかにする「社会疫学」を専門としている。「原因」としての社会経済状況と、「結果」としての健康状態との間に、因果関係があるのかどうかを示すことが研究の目的である。この分野の面白いところは、因果関係を証明することが非常に難しいことだ。新薬の効果を調べるのであれば、無作為に分けた片方の群には新薬を投与し、もう片方の群には偽薬を投与したうえでアウトカムを比較する試験を行うことで、その因果関係を正しく測定することができる。

一方、社会が健康に与える因果効果を調べるとなると、ランダム化比較試験が行えることは極めて稀である。したがって、私たちは、人為的な操作が行われていない、自然のままに記録された「観察データ」に頼らざるを得ない。しかし、観察データを用いた研究では、原因と結果を取り違えてしまうおそれがある。例えば、「運動をしている人は健康である」という観察結果は、運動の因果効果かもしれないが、もともと健康な人が運動をしているだけかもしれない。

最近私は、図書館の蔵書数が多い街では高齢者の要介護リスクが低いことを論文で発表し、いくつかのメディアで紹介された。SNSでの反応を見てみると、納得している方が多かったが、一部では「図書館が充実している街は、財政が豊かで他の施設も充実しているだけではないか」というコメントも散見された。私自身もこの研究結果から厳密な因果関係が言えるとは考えておらず、あくまで相関があるだけかもしれないという留意点を記事に明記していただいていたのだが、あまり伝わっていないように感じた。

さらに、単なる相関から因果に近づくための努力も行っている。分析の中では、個人の教育年数や所得、自治体の財政力指数や人口密度などの違いを考慮し、その影響を取り除いている。SNSで見かけた批判についてはだいたい対処しているのである。相関と因果の違いを少し勉強した人の中には、「観察データ=単なる相関」と即断してしまう方が一定数見受けられる。しかし、相関と因果の関係は、白か黒かというように明確に分かれるものではない。個人が原著論文を読んでエビデンスの強弱を吟味できれば、科学リテラシーとしては最高なのだが、さすがにそれは求めすぎであろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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