【Researcher's Eye】
糟谷 大河:ハイチのきのこ、"djon djon"をめぐって
2025/07/23

中米、カリブ海に浮かぶイスパニョーラ島をご存知ですか。この島の西側にはハイチ共和国、東側にはドミニカ共和国が位置します。ハイチは、2010年1月に発生した大地震の影響や、長年続く政情不安、そしてギャングの台頭により治安状況が悪化しています。また、かつて自生していたマホガニーなどを木材利用するため、植民地時代から過剰な森林伐採が行われ、伐採後の土地も野放図に利用されてきたため、これらの影響で土砂災害や水害が多発しています。
このように、ハイチの社会は非常に不安定な状態が続いており、国土の環境も悪化の一途をたどっています。そのため現在では、ハイチから米国、カナダ、フランス、ドミニカ共和国などに数多くの人々が移住しています。
ハイチ系移民が多く生活する地域では、ハイチ料理の食材として"djon djon"(ジョンジョン)と呼ばれる、黒っぽい小さな乾燥きのこが販売されています。"djon djon"は主にハイチ国内で採集される野生きのこで、乾燥品を袋詰めしたものがハイチ系移民向けに輸出・販売されています。"djon djon"を水で戻すと、きのこからうま味成分を含む黒色の液体が染み出します。この黒い液体を用いて米を炊いて調理したものが"diri djon djon"(ディリ・ジョンジョン)で、ハイチにおける国民食とも呼べる伝統料理です。
私は文化人類学者と共同で、ハイチ人がどのような野生きのこを"djon djon"として利用しているのか、また、この食文化の起源はどこにあり、どのような過程を経てハイチに定着したのか、さらに、ハイチ人が世界中に分散することで、"djon djon"食文化は今後どのように変容していくのか、といった点に注目して研究を始めました。かつての植民地時代、主に西アフリカや中央アフリカから連れてこられた奴隷たちが蜂起し、その結果、フランスからの独立を果たしたのがハイチという国です。"djon djon"食文化の起源も西アフリカにあるのでは、と考え、今後、イスパニョーラ島や西アフリカで調査を行う予定です。
危機的な状況が続くハイチの情勢ですが、ハイチの人々や社会のことを考えるうえで、"djon djon"というきのこが新たな視座を与えてくれるかもしれません。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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糟谷 大河(かすや たいが)
慶應義塾大学経済学部准教授
専門分野/菌学、多様性生物学