【Researcher's Eye】
小川 恵美悠:光を処方する未来へ
2025/05/27

もし、大切な人の命を光技術で救えるとしたら──。「医師が一生で救える命の数には限りがあるが、新しい医療技術には未来の無数の命を救える可能性がある」。恩師のかつてのこの言葉が、私の研究の原点である。100年前には医療の手が届かなかった命も、科学の進歩によって今では当たり前のように救えるようになった。それは、科学技術が静かに、そして確かに命を支えてきた証である。私は、光技術を用いた新たな治療診断システムの開発に取り組んでいる。
生命は常に光とともにあった。私たちの祖先がこの星に誕生したその瞬間から、地球上の生物は光に包まれ、そのリズムに呼応して進化してきた。朝日で目覚め、夕暮れに眠くなるように、私たちの体は自然と光に反応している。概日リズムや睡眠・覚醒、精神の調律に至るまで、光は生理現象の深層に静かに浸透している。光はただの波ではない。生体と共鳴し、環境と心身の相互作用を調律する媒介として機能している。
しかし、この「光と生体の相互作用」には未解明のメカニズムもある。波長、強度、照射時間に加え、近年では物理的な力を作用させる特殊な光技術も注目されている。光が人体に与える影響の探究は、未踏の地図をひもとくような知的冒険である。将来、「光の処方箋」が日常になるとしたら、どのような社会が生まれるだろうか。病院という限られた空間を超えて、自宅、職場、都市空間までもが、人を癒し健康を推進するプラットフォームになる。日常生活の中で健康を育む社会の実現は、医療の在り方を根本から変えていく可能性を秘めている。
このような未来の医療を実現するには、多様な分野の連携が不可欠である。医療を支えるのは、医師や看護師だけではない。研究者、技術者、行政関係者、社会基盤を支える人々、そして教育者──そのすべてが未来の医療を創り出す1つのチームだと私は考える。私たちは大学で、こうした多様な役割を担う人材を育て、その知を社会へ還元する中で、互いに学び合いながら、未来の医療と社会の形を設計している。光の新しい可能性を探索し、まだ名前のない治療を形にしていくこと。それが、私たちの挑戦である。
今日の研究が、明日の誰かを笑顔にする光になると信じて。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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小川 恵美悠(おがわ えみゆ)
慶應義塾大学理工学部電気情報工学科准教授
専門分野/光治療診断システム、生体医工学