三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
山上 亘:「治す」その先へ──女性のQOLも見据えたがん医療

2025/05/19

  • 山上 亘(やまがみ わたる)

    慶應義塾大学医学部産婦人科学教室教授
    専門分野/婦人科腫瘍学、女性医学

がんは今、日本人の死因の第1位で、女性に特有の臓器である子宮や卵巣にも、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんといったがんが発生します。中でも進行がんは予後不良ですが、近年では免疫チェックポイント阻害薬、PARP阻害薬など、新薬の開発と臨床応用が進み、治療成績の改善が期待されています。一方、早期婦人科がんの5年生存率は非常に高く、I期ではいずれも90パーセント以上という良好な成績を示しており、手術のみでも根治可能なこともあります。

がん研究の多くは「生存率の改善」を主目的に、診断・治療法を開発し、臨床試験で検証することで、標準治療の根拠(エビデンス)を積み上げてきました。生命維持に必須な臓器のがんでは、その機能温存も生存率改善に寄与するため、重視されてきました。しかし、子宮や卵巣は生命維持に必須な臓器ではなく、また好発年齢が出産年齢を上回っていたこともあり、機能温存が軽視される傾向にありました。しかしながら、昨今の晩婚・晩産化、加えて卵子凍結等の生殖医療の進歩もある中、子宮や卵巣の機能を「失っても仕方がない」とする考え方は、もはや時代にはそぐわないものです。

たとえば、子宮を摘出すれば妊娠の可能性は喪失しますし、卵巣の摘出や放射線治療、一部の薬物療法では女性ホルモンが分泌されなくなります。リンパ節郭清によるリンパ浮腫や、化学療法による脱毛なども看過できない副作用であり、これらは単に生存率の数字では表せないquality of life(QOL)に深く関わる問題です。だからこそ今、私たちは「生存率の改善」だけを目標とするのではなく、女性のQOLを維持することも重視した新たながん診療のあり方を模索しています。

当科では、子宮頸がん、子宮体がんに対する妊孕(にんよう)性温存治療やセンチネルリンパ節ナビゲーション手術、がんサバイバーの卵巣機能を支える卵巣サポート外来の設立、化学療法による脱毛を防ぐ頭皮冷却療法など、QOLをendpoint としたさまざまな研究を行い、効果を検証しています。

「がん」は、治って終わりではありません。治ったその先の人生を、いかに自分らしく生きられるか。私たちは、患者さんとともに「がんと生きる」未来を見つめながら、研究に取り組んでいます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事