三田評論ONLINE

【Researcher's Eye】
松元 暢子:営利企業と公益目的の実現

2025/01/27

  • 松元 暢子(まつもと のぶこ)

    慶應義塾大学法学部教授
    専門分野/会社法、金融商品取引法

近年、営利企業が公益目的の実現において果たすべき役割に期待が集まっている。2019年に米国の経営者団体であるBusiness Roundtable が公表したステートメントは、会社は第一に株主に仕えるために存在するという従来からの見解を盛り込まず、「全てのステークホルダーに対するコミットメント」に言及し、大きな注目を集めた。

関連して、「社会的企業(social enterprise)」という言葉を耳にすることがあるかもしれない。社会的企業とは、利益を上げることだけでなく公益を追求することをも目的とする会社を指す。社会的企業の仕組みの例として、米国の各州の州法で導入されている「benefit corporation(社会的利益会社)」というタイプの法人では、各会社の目的として環境保全や中小企業の支援、児童福祉といった具体的な公益目的を定める必要がある。benefit corporation の仕組みを採用することで、その会社の経営者は、公益目的の実現のために会社の資源を使用することについて株主から文句を言われる心配がなくなる。また、英国で導入されている「Community Interest Corporation(CIC、コミュニティ利益会社)」というタイプの法人では、会社が上げた利益のうち株主に配当することができる割合に上限が付されており、残りの部分については各会社が定めた公益目的のために利用することが想定されている。

これに対して、日本では社会的企業を想定した特別の法人類型は存在しない。しかし、このことは必ずしも日本企業が公益目的に無頓着であることを意味しないように思う。日本では伝統的に営利企業がステークホルダーを重視することは当然であると考えられてきたからこそ、特別な法人類型の必要性が認識されてこなかったという可能性もあるためである。

営利企業が公益目的の実現において役割を果たすことが重要である一方で、会社が株主の利益を度外視して公益目的を追求するようなことがあれば、究極的には投資家が会社への出資に躊躇するようになる恐れもある。難題であるが、営利企業と公益目的の実現との関係は今後ますます重要な検討課題となろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事