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【Researcher's Eye】
早川 守:隣の柿は赤い

2025/01/15

  • 早川 守(はやかわ まもる)

    日本製鉄株式会社技術開発本部関西技術研究部交通産機品研究室商品開発課課長・塾員
    専門分野/材料力学、材料強度学

実は、私は早稲田大学の卒業生です。新入生歓迎会をきっかけに入部した合気道部での早慶戦や、ASMLインターンシップ奨学制度を活用しての早慶学生合同での海外インターンシップ、日本材料学会でポスターセッションへの参加を通じて、多くの慶應義塾の同期、先輩、先生方と出会いました。その中で、慶應の方々のユーモア溢れる会話や洗練された佇まいに触れ、「なんだかかっこいいな」と憧れを抱くようになりました。私は、そのような慶應義塾に淡い憧れを抱きながら研究を続けていました。

私が専門とするのは、材料の変形や破壊特性を理解するための学問、材料力学です。これまでは実験評価を専門としていましたが、体調不良となった同僚の代役として数値解析、すなわちコンピューターを使った変形特性の予測に携わることとなりました。その経験を通じて、「これからの時代を切り拓くのは数値解析の新技術だ」と確信し、社会人博士として慶應義塾の門を叩きました。こうして、基礎研究の重要性を再認識する機会を得ました。

実験評価と数値解析を駆使して新たな製品デザインに取り組もうとすると、現実の壁が立ちはだかります。たとえ最適解と思われるデザインを提案しても、製造制約やコストの問題に直面し、研究開発が難航することは珍しくありません。「イチローは4割だが、研究者は1割成功すればプロフェッショナルだ」という学生時代の先生の言葉を、企業研究者となった今、実感する日々です。それでも、こうした困難を乗り越える鍵は、基礎として学んだ材料力学にあります。 実験評価の基本である引張試験、得られた試験結果を構造設計と結びつける数値解析や破壊力学が研究開発の要所で力を発揮し、製品改善や学会表彰といった成果に結びついています。

実験評価と数値解析が互いに補完し合う姿は、切磋琢磨する早慶戦の情景と重なります。現在、DXやデジタルツインといった新領域での研究開発や製品化が活発に行われていますが、その中にも成功と失敗が入り混じっています。それでも、隣の柿が赤く見えるように、研究者として「自分のテーマ」という赤く甘い果実を追い続けることは、大切な権利であり責務だと考えます。その果実を社会や産業界に還元すべく、これからも研究者としての道を歩み続ける所存です。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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