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【Researcher's Eye】
木原 盾:歴史データで辿る日系移民の足跡

2024/12/23

  • 木原 盾(きはら たて)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科専任講師
    専門分野/社会人口学、計量社会学

私は社会学と人口学の理論や方法を用いて、米国の移民研究をしてきました。米国の移民というとメキシコ系や中国系が想起されるかもしれませんが、日系が多い時代もありました。

研究の1つは、明治・大正に米国本土に移住した日本人とその子孫の社会経済的な軌跡です。彼らは差別や太平洋戦争中の強制収容といった困難に直面しつつも、米国生まれの子世代では「モデルマイノリティ」と呼ばれるほどの社会経済的成功を遂げました。成功の背景には何があったのでしょう。

私の研究は、様々な人口データを収集・整理して計量分析する作業が中心です。例えば、戦時強制収容された10万人以上の日系移民とその子孫の名簿には、学歴や出身県といった情報が含まれ、日本での社会的背景を知る貴重な資料です。他にも、氏名や年齢を基に紐付けた米国勢調査のパネルデータからは、職業の変遷が把握できます。UCLAにある歴史アーカイブ所蔵の、日系人3世代の社会調査の個票の分析からは、世代間の社会的地位の変遷がわかります。

研究からは、明治・大正に米国本土での定住を選んだ日本人の出身階層は多様ですが、地方の農家や旧士族といった「旧中間層」出身者が相当数含まれていたことがわかりました。裕福とは言えないまでも、当時の日本の平均よりはやや豊かで、旧制中等教育機関に通っていた者も少なくなく、日本で得た教育や文化的資源を米国で子に引き継ぎ、それが世代を超えての成功の基盤となったと考えられます。

理論的には、このような現象は「移民の選抜性(immigrant selectivity)」や「文脈的選抜性(contextual selectivity)」で(部分的に)説明されます。移住者は送出国の最貧層からくると考えられがちですが、実際には移住には様々なコストや障壁があるため、送出国の「文脈」での中・上層に偏ることがあります。例えば、現代の米国で暮らす移民も、米国基準では貧しいとされることもありますが、出身国では比較的高い社会階層に属していたことが少なくありません。彼らもまた、出身社会での優位性を子世代に引き継ごうとしています。

日本と世界を行き交う人の流れは絶えることがありません。今後は、研究の時間幅を現代に広げ、米国に限らず広く海外で暮らす日本人や、日本で暮らす外国人についても研究をしていきます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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