【Researcher's Eye】
桜田 一洋:拡張知能が目指すこと
2024/11/11

AIが急速に発展している。生成AIとの会話は、内容によっては人間と区別がつかない。近い将来、AIが人間の知能を超えるのではないかという論考も多い。
アダムとイブの「禁断の果実」、白雪姫の「毒リンゴ」、ゴッホの「りんごのある静物」で代表されるように、リンゴは人間の想像力を刺激してきた。リンゴという実体を、私たちはイメージとして知覚する。手にすると感じる滑らかな肌触り。鮮やかな赤色。独特の甘くフローラルな香り。口にすると広がる、爽やかな甘酸っぱさ。五感の統合から、実世界の様々な対象に対するイメージが生まれる。身体の状態は、臓器感覚を通してイメージされる。不安や嫌な思いを引き起こす対象は、臓器の状態を乱す。五感は臓器感覚と結びつき、自分にとっての意味を創出する。これに対して、考えるというのは、世界を観察して解釈し、知識を生み出すことだ。人間の行う解釈は、感覚をとおして得られる体験とも深く結びついている。人間は、感じることと考えることをタペストリーのように織り込み、現実を投影する。
1人ひとりの人間が持つ投影現実は見ることはできないが、会話、文章、アート作品などをとおして推し量ることはできる。AIが学習しているのは、テキストや画像で表現された人間の投影現実である。AI自身が体験して感じ、観察して考えているわけではない。トランスフォーマーを用いて大量のテキスト・データを学習させると、ある文章が与えられたときに次に来る単語や文書を予測することができるようになる。人間の行う知的活動は、この形式で置き換えることができるので、AIは人間のように対話する。しかし、それは考えるということとは本質的に異なる。
生きるとは、集団における自己創造のプロセスではないだろうか。創造によって、相手の心、自然のあり様、自分や社会の未来のような見えないものが形になっていく。AIができるのは、拡散モデルによる生成であって創造ではない。人間がより創造的になるための手段としてAIを用いることを拡張知能という。病気の理解を深め新しい医療を開拓するために、拡張知能医学講座では、医学、情報科学、物理学などの推論を統合した新たな理論の開発を行っている。AI時代に必要なのは、鍛え上げられた人間の自然知能である。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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桜田 一洋(さくらだ かずひろ)
慶應義塾大学医学部石井・石橋記念講座(拡張知能医学)教授
専門分野/ライフサイエンス、AI