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【Researcher's Eye】
杉田 洋一:行政データの研究利用

2024/10/10

  • 杉田 洋一(すぎた よういち)

    慶應義塾大学商学部教授
    専門分野/国際経済学

経済学におけるデータの利用で近年注目を集めているのが、行政データの利用です。これまで研究に利用されるデータは、国勢調査など統計作成を目的として収集されたものが主流でした。それに対して行政データは、行政がその業務のために収集した情報になります。年金の支払い記録、納税記録など、膨大なデータが行政に眠っています。諸外国では2000年代より行政データの研究への利用が進んでいます。

行政データの最大の長所は、現実の経済活動の生の記録であることです。例えば、年金記録からは、転職履歴・給与の額・休職期間など、統計調査では調べることの難しい、転職市場に関するリアルなデータが得られます。

私自身もメキシコ税関の輸出入申告記録を用いて2011年より研究しています。税関に提出される輸出入申告書には、誰が誰にいつどんな商品を幾らで幾つ販売したかという、詳細な取引情報が記録されます。それを利用して、企業と企業の取引の特徴を理解することが研究テーマになります。

なぜメキシコなのかと聞かれると、2011年当時に輸出入申告記録を研究に開放していた国は数カ国しかなく、それがメキシコであったことが理由の1つです。一方で我々の研究はメキシコでもその重要性が評価され、2015年にメキシコ国内の論文賞を頂きました。このように、行政データを開放することで世界中から研究者が集まり、その国の重要な経済問題が研究されるという、行政と学術研究との良い関係が多くの国で生まれています。

令和に入り、日本でも行政データの研究利用が始まりました。2022年より国税庁の納税記録と税関の輸出入申告記録の利用が、それぞれ税務大学校と財務総合政策研究所との共同研究として開始されました。輸出入申告記録の利用には、慶應義塾からも私を含む5名の研究者が参加しています。

行政データの利用で注意すべきなのは、記録される個人情報の保護です。輸出入申告記録の場合には、データは霞ヶ関にあるPCからの持ち出しが禁止され、分析内容も個人や企業を特定しないものに限られます。

この新しい取り組みに参加できる喜びと共に、研究を成功させて次に繋げなければならないという責任を感じています。授業の合間をぬって霞ヶ関に通う日々が続きそうです。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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